炊き込みご飯?かやくご飯?まぜご飯?(私はまぜご飯)。
こんにちは、坊主女です。

欲しいなら与える。
与えるが先。

その通り、とわかっていてもなかなか「ポン!」と実践できないもの。
そんな私にとある出来事がありました。

<目次>

人生で初めての「お隣さんへおすそ分け」

先日、母からたけのこが届きました。
たけのこ
それはもう大きくて、しかもこの倍の量!
すぐに母にお礼の電話を入れたのですが・・・

夫婦二人暮らしではさすがに多すぎる。
義両親にあげてもまだ多い。
どうしよう。

その時ふと、
お隣さんにあげてみようかしら
と思い立ったのです。

近所づきあいなんて皆様からすると当たり前なのかもしれません。
でも、都会でマンション暮らしをしてきた私にとって「お隣さん」はせいぜい挨拶を交わす程度。
物をあげるなんてむしろ迷惑では?とすら思っていました。

いや、でもやってみよう。
なぜか迷いなく思い、すぐにおすそ分けにいったところ本当に喜んで頂けました。

そしてその夜。
インターホンが鳴ったので出てみるとお隣さんが。そして
「実家の畑で取れた野菜なんですけど、どうぞ」
と言って差し出された袋にはとれたてのお野菜が!

かえって気を遣わせてしまったのですが、本当にありがたく頂戴しました。

もらったのは「物」だけではなかった

この出来事だけを見ると、
たけのこをあげたらお野菜をもらった
という「物々交換」的な面しか見えないかもしれません。

ですが、私がもらったのは「物」だけではありませんでした。

お隣さんがとても喜んでくださったことが、ものすごく嬉しかったのです。
その「嬉しさ」は、お返し以上に「喜び」と「幸せ」をもたらしてくれました。

あげたのは私のはずなのに、そんなことは忘れるぐらいに多くのことを頂きました。

<最後に> もっともっと「与えられる人」に

もっとお金があれば、
もっと才能があれば 、
いくらでも「与える」のに。

「与えるが先」と言いながら、私はやっぱり心のどこかでそう思っていました。
でもやっぱり「与えるが先」でした。間違いなくそうでした。

お金の「引き寄せ力」を知りたいあなたへの中でKeikoさんもこのようにおっしゃっています。
プアな人は「もらう」ことを求め、
リッチな人は「与える」ことに喜びを覚える
いきなり1億円を寄付する、なんてことはもちろんできませんが、
自分のできる範囲から、できることを
惜しみなく「与えられる人」になろうと思います。