ちゃんと生きてます。
こんにちは、坊主女です。

衝撃的なタイトルでごめんなさい。
でも本当に起こった話です。

救急車で緊急搬送

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その日は久しぶりに主人と出かける予定でした。

私は早起きして夕食用の肉じゃがを仕込み、主人が起きてくるのを楽しみに待っていました。


その時突然、背中に激痛が。
「あれ?姿勢悪かったかな?」なんて呑気にストレッチをするも痛みは増すばかり。

そのうち痛みは胸を締め付け、呼吸は苦しさを増し、めまいやしびれで意識も曖昧に。


狭心症?まさか心筋梗塞!?
わからない!苦しい!早く治って!!



そうやって我慢すること1時間。

苦しさはおさまらず、起きてきた主人に「病院に連れて行ってほしい」と伝え、準備をしてもらっていたのですが・・・ 

血の気が引いていく。意識が遠のいていく。
もう無理。

「救急車、呼ぶ」


そこからのことはあまり覚えていません。

あっという間に到着した救急隊員の方に矢継ぎ早に質問を受け、救急車に担ぎ込まれて病院へ。

病院でも診察、検査、検査。


連れ回される院内、テキパキ動き回る看護師、夜勤明けの充血した目で診察をする医師。

そんな周りの様子をぼんやりと目にしながら、頭にはこんな言葉が浮かんでいました。


私、死ぬのかな…。


今日が人生最後の日だったら

検査の結果、心臓や肺、その他どこにも異常はありませんでした。

「じゃあなぜあんなに苦しかったんだろう?」という疑問は残りますが、ともかく点滴だけは受けて昼過ぎに帰宅しました。


意識が落ち着いてきたベッドの上で、私はスティーブ・ジョブズの言葉を思い出していました。

もしも今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか?


今まで私は、このブログで何度も時間は有限」「やりたいことをやるべきといったことを伝えてきました。


自分ではわかっているつもりでした。

でも本当は何もわかっていませんでした。


「死」は遠い未来の話ではない。

本当に、本当に、明日死ぬかもしれない。
 
じゃあ私は今、本当にやりたいことをやれているのか?


何事もなかったとはいえ、今回の痛みは一瞬でも私に「死」を感じさせました。

「明日死ぬかもしれない」というフレーズが、生まれて初めて自分の言葉になりました。

だからこそ思いました。


明日死ぬかもしれないのに、やりたくないことをやっている時間なんてない。

やりたいことだけを、後悔ないようにやらなければ!

伝えたい想い

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私がこの記事を書いたのは、今回の私の体験を皆さん自身に置き換えて考えて欲しかったからです。

自分も明日死ぬかもしれない。

そんな今日、やりたいことをやれているか?

そう心に問うてみてほしいのです。


色々な事情があり、制約があると思います。

それはわかってます。

それでも私は伝えたい。


一度しかない人生なんです。

明日死ぬかもしれないんです。

あなたが本当にやりたいことをやってほしい。

生きたい今日を生きてほしい。



私もそうやって生きていきます。

だからあなたも、あなたの人生を、あなたのために生きてください。