ブログを読んでくださってる皆様には「感謝」しかありません。
こんにちは、坊主女です。

私は、毎月1日と15日に氏神様にお詣りに行っています。
▶︎毎日1日と15日。伝えるのは「感謝の気持ち」です。 

お詣りの際には手を合わせ、神様への感謝の気持ちを伝えています。
そんな風に手を合わせて感謝する機会は、日常生活ではあまりないと思っていたのですが・・・。

<目次>

手を合わせていることすら忘れていたなんて!

多くの人が、食事の前には「いただきます」と手を合わせ、食事の後には「ごちそうさま」と手を合わせていると思います。

私もそうやって食事ごとに手を合わせていたのですが、ただの習慣になっていました。
だからその行為に「感謝の気持ち」 はこもらず、手を合わせていることすら忘れていたのです。

そんな先日、いつものように朝食前に「いただきます」と手を合わせた時のこと。
突然胸にある思いが込み上げて来ました。

あぁ、私は生きている、生かされている!
なんとありがたいことなんだろう!
なんと幸せなことなんだろう!


その時初めて、自分が日常生活で何度も手を合わせていたことに気づきました。
そして改めて思いました。

手を合わせて感謝すると、より「生かされている」ことに気づく

これは実際やってみてもらいたいのですが、
  • ただ単に「ありがとうございます」と言った時
  • 手を合わせて「ありがとうございます」 と言った時
全然感じ方が違うと思いませんか?

おそらくほとんどの方が、
「手を合わせた時」の方がより「ありがたい」と思った
とお答えになると思います。

その「ありがたい」という気持ちは、何かの行為や善意に対してではなく
生かされていることへの感謝の気持ち
ではないかと思うのです。

この世に生まれて来たこと、生きていること。
それは自分一人の力では決してなく、周りやもっと大きな存在に生かされているからこそ。

そのことに気づき、「ありがたい」と自然に思えるようになる。
「手を合わす」という行為にはそんな力があるのではないかと思うのです。
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特別なことはしなくていい

手を合わせるのは神様や仏様の前だけ。
手を合わせるのは特別な行為。
神棚や仏壇のない現代の家ではなかなか機会がない。

私は心のどこかでこう思っていました。
でも実は、日々の暮らしの中で当たり前に手を合わせていました。
そして、日々を無事に暮らせることこそが何よりありがたいのだと気づきました。

もしあなたが食事の前後に手を合わせていないなら。
是非一度、「いただきます」と言いながらゆっくり手を合わせてみてください。

きっと心に感謝の気持ちがあふれ、幸せを感じることができるはずです。