こんにちは、坊主女です。


私は、このブログで書き綴っているように「やりたいことをやる人生」を常に意識しています。

それならさぞかし壮大な夢があるのだろう、と思われるかもしれませんが・・・。

実は、私には夢がありません。


夢を追いかける人への違和感

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私は小さい頃から夢がありませんでした。

小学生の時「大人になったら何になりたいか?」と聞かれて困ったことを覚えています。


夢がなかったのは夢を持つ環境ではなかったのか、自分の意志だったのか、今となってはどちらでも良いことです。

ただ、夢のない私は夢を追いかける人に対して言葉にできない違和感をずっと抱えてきました。


夢を追いかけている人はみんなキラキラと輝いていて、それが眩しく。

夢を持たない自分はダメな人間なのだと負い目を感じ。

でも、夢に向かう姿勢に感じる「飢え」や「渇望」がどうしても受け入れられない


ずっと、そんな風に生きてきました。


違和感の正体

夢を追いかける人に対する違和感の正体がわかったのは最近のことです。


夢を追いかけている人は、心のどこかに「足りない」気持ちを抱えているのだと思います。

もっと欲しい、もっと上へ、もっと、もっと。

そんな気持ちで日々過ごしているのではないかと。


それが悪いこととは言いませんし、そうしなければ夢を叶えられないのだと思います。

でも、私はその「不足感」にたまらない息苦しさを覚えます


本当は私たちは最初からすべて手にしていて、こんなにも満たされているのに。

今日が無事終わり、明日が来る。そんな何気ない毎日こそが一番幸せなのに。

何をそんなにがっつくのだろう、何をそこまで望むのだろう。


諦めにも似た考えかもしれません。

悟った風な口を聞いていると思われるかもしれません。

でも私は今が幸せならそれでいい。

今日と言う日に生きていられることに感謝しながら、やりたいことができればそれでいい。


だから夢を追いかける人に違和感を感じるのだとわかりました。


「やりたいことをやる=夢を追いかける」じゃない

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私はこのブログでずっと「やりたいことをやる人生へ」と言い続けてきました。

ですが、私にとってのやりたいことは「夢を叶えること」ではありません。


今日という日を満ち足りたものにするためのこと。

今生きている幸せを噛みしめるためのこと。


それが私にとっての「やりたいこと」です。

そのために本を読んだり散歩をしたり、家族と会話したりするのです。

それだけなのです。


私は夢なんかなくていい。

それよりも今ここに生きていることに幸せを感じる、そんな生き方をしていきたいです。



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