坊主女の生きる道

一度きりの人生、やりたいことだけやって生きませんか?

2017年08月

こんにちは、坊主女です。幸せになりたい。幸せはどこにあるんだろう。誰もがそんな風に思いながら生きているのではないでしょうか。でも。本当の幸せって実はすぐそこにあるんじゃないかなって思うのです。ある日の昼下がりのこと私の主人は平日にも休みのある仕事をしてい ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


幸せになりたい。幸せはどこにあるんだろう。

誰もがそんな風に思いながら生きているのではないでしょうか。


でも。

本当の幸せって実はすぐそこにあるんじゃないかなって思うのです。


ある日の昼下がりのこと

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私の主人は平日にも休みのある仕事をしています。

その日、主人は前日の飲み会の疲れからかお昼ご飯を食べたあとそのまま横になり、気がつくと寝てしまっていました。


あらあら、と私は思いながら主人を起こさないようにそーっと自分の机に戻り、編みかけたコースターの続きを編み始めました。


しばらく編み続けたあと、首が疲れたので顔をあげると、主人はまだ気持ち良さそうに寝息を立てています。

窓の外を見ればいい天気。

スズメが楽しそうに鳴き、心地よい風が室内に吹き込んできます。


この時、私はしみじみと噛みしめるようにこう思ったのです。

ああ、幸せだなぁ

って。


幸せってなんだろう

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幸せ、しあわせ、シアワセ。

幸せっていったいなんでしょう?


ある人は、一生困らないだけのお金があることかもしれません。

ある人は、一生自分を愛してくれる伴侶がいることかもしれません。

ある人は、一生揺るがない地位を手に入れることかもしれません。


幸せの尺度は人それぞれですから他人のことまでとやかく言うつもりはありません。

でも、私はやっぱり「幸せはすぐそこにあるもの」だと思うのです。


家族がいること。

食事がおいしいこと。

雨風をしのぐ家があること。

今、生きていること。


ただそこにある幸せに気づき、感謝する。

これ以上の幸せはないと思うのです。


今そこにある幸せを大切に

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人はどうしても幸せを探してしまい、そのために遠くを見たり他人を羨んだりしがちです。

でもそんなことしなくても、誰にだってすぐそこに幸せがあるんです。


そのことを忘れないでほしい。

そこにある幸せを心から大切にしてほしい。


この記事を読み終えたら是非顔を上げて、目の前にある幸せを感じていただけたらと思います。

こんにちは、坊主女です。この記事のタイトルを見て「ドキッ!」っとした方がいるかもしれませんね。私は今、自分の心の声を聞き、やりたいことをやる人生を送れるようになりました。でも誰もがそんな風に生きていけるかというとそうではないのかな、と思います。それは時代 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


この記事のタイトルを見て「ドキッ!」っとした方がいるかもしれませんね。


私は今、自分の心の声を聞き、やりたいことをやる人生を送れるようになりました。

でも誰もがそんな風に生きていけるかというとそうではないのかな、と思います。


それは時代のせい?家族のせい?お金のせい?性格のせい?

色々考えていたのですが、ふと「心の声に気づかない方が楽だからかもしれない」と思ったのです。

それは・・・かつての私がそうだったから。


自分の生き方を振り返ってみた

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では、実際にかつての私はどんな風に考え、生きていたのか?

そしてどう変化したのか?

少しお話したいと思います。

自分の心にふたをしていた時代

私は大学入試で一浪したうえに第一志望の大学に落ちました。

大学卒業後飲食店で働くうちに「いつかは自分のお店が持ちたいな」なんて思いましたが、自分の実力を知り早々に挫折。

時には「資格を取ろう!」と思い立つも不合格。

彼氏ができても長続きしなかったりうまくいかなかったりの繰り返し。


このような出来事が積み重なるうち、いつしか私は
  • 私ってしょせんこの程度なんだ
  • 「やりたい」と思っても達成できない人間なんだ
  • 願っても叶わないことばかり
  • 人生なんてこんなものだ
という「自分自身に対する諦め」を感じるようになっていました。


そして実際、25歳〜35歳ぐらいの間は何をやってもうまくいかなかったし

「夢?希望?何綺麗事言ってるの?」


ぐらい腐ったミカン(笑)でした。

心の声を聞いている今

私の人生このまま終わっていくんだろう、と自分で自分を見捨てようすらとしかけていた36歳直前のある日のこと。

私は雷に打たれたようにこう思ったんです。


私はまだまだこんなもんじゃない。

人生はこれから。やりたいように生きてやる!



きっかけなどなく、ただ突然に。

でも今考えると、こう思ったことが人生の大きなターニングポイントでした。

この数ヶ月後に主人と出会い、後に結婚したぐらいですから(実話)。

さらにミニマルライフと出会ったことや坊主頭にしたことで、さらに「やりたいことをやる人生」を加速させ、今に至ります。


今は毎日が本当に楽しいですし幸せです。

自分の心の声に従って生きることってなんて素晴らしいんだろうと思います。


でもなぜかつての私は心の声を聞くことを諦め、人生すら諦めていたのだろう?と考えてみました。


その方が楽だったんだ

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心の声に気づかない方が楽だった。

もしかしたら、このことに気づかない方がこれまた楽だったかもしれません。

でも今なら受け入れられます。なぜ楽だったのかを。

楽だった理由

心の声に気づかない方が楽だった理由は色々あります。

①努力しなくてよかった

「◯◯がやりたい!」という心の声に気づかなければ、努力する必要がありません

また、物事をスタートさせることもありませんから、当然失敗もしませんでした

②他人のせいにできた

「私はこう思う」という心の声に気づかなければ、周りの声に流されていればいいだけ。

何かあれば他人のせいにすればよかったのです。

③傷つかなかった

「やりたい!」と言った時に周りから「ムリ」「ダメ」と言われるぐらいなら、最初から言わない方が波風も立たないし何より自分が傷つきませんでした。


楽ですね、すごく。

でも今の私からかつての私にこう言いたい。


アンタ、自分の人生から逃げてるよ。

今の生き方

何度も言うように、今の私は心の声を聞き、やりたいことをやっています。

こう言うと「好き勝手やれるっていいよね」「いいご身分だよね」と思う人もいるかもしれません。


でも私は、何が起こってもすべて自分の責任だという覚悟も同じぐらい持っています。

そういう意味では楽な生き方ではないかもしれません。

その代わりめちゃくちゃ楽しいです。



「自分の責任」とは自分に起こる良いことや悪いことは、すべて自分自身の心や行動の反映だと受け入れることだと私は思っています。

全部自分のせい。

そう思うことで他人を責めたり運命を嘆いたりすることがなくなりました。

自分さえ行動すれば運命は切り開けると信じられるようになりました。

だから毎日が楽しいのです。毎朝ワクワクして目覚めるのです。


楽な人生か?楽しい人生か?

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自分の心の声に気づき、望む人生を送ること。

やりたいことをやり、自分らしく生きること。


誰もが「そうありたい」と願いながら、実際そのような生き方をしている人が少ないのは「決して楽ではないから」かもしれません。

でも私は断言します。

やりたいことをやる人生は本当に楽しい、と。


楽な人生か?楽しい人生か?

あなたはどちらを選びますか?

私はこれからも心の声を聞き、やりたいことをやる「楽しい人生」を送ります。

こんにちは、坊主女です。単に情報が氾濫しているのか、私が歳を取って情報処理能力が落ちたのか(笑)。いずれにせよ、今の時代の情報量は「ものすごい」と思います。そんな情報の海に溺れてしまわないために私が意識したいことを、今回は実際の失敗談も交えながらご紹介し ... 続きを読む
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こんにちは、坊主女です。


単に情報が氾濫しているのか、私が歳を取って情報処理能力が落ちたのか(笑)。

いずれにせよ、今の時代の情報量は「ものすごい」と思います。

そんな情報の海に溺れてしまわないために私が意識したいことを、今回は実際の失敗談も交えながらご紹介したいと思います。


情報に翻弄され自分を見失った

先日私はミニマルライフそのものに迷い、ブログの方向性まで迷った結果ブログの更新ができなくなってしまいました。

体調不良という大きな理由ももちろんありましたが、迷う心が体調に影響を与えた部分も小さくないと思っています。


ではなぜ体調に影響するほどまで迷ったのか?

それはまさに情報に翻弄されたから、です。


自分の考えを整理するつもりで本を読んだり他人に意見を求めたり。

ミニマルライフに関するブログや、ネット上のブログ運営論も片っ端から読み漁りました。


私は「情報を集めれば問題解決の糸口が見つかり迷いは消えるだろう」と思っていたのですが、現実はまったく逆でした。

迷いで心が不安定になっていた私は、自分にとって必要な情報を選び取ることができずに混乱し、更に自分を見失ってしまったのです。


情報に対して意識したい3つのこと

私は以前からテレビも見ません新聞もやめました

そうやって「過剰な情報は自分に入れない」ことを意識していたはずなのですが、今回の一件は「やっちゃったなぁ」という感じです。

おかげさまで今はすっかり持ち直したので、今後の自分のためにも「情報に対して意識したい3つのこと」を記しておこうと思います。

①不安を煽る情報は見ない

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人間には「怖いもの見たさ」という心理があるのか(笑)、不安なくせに不安を煽る情報に触れたがる傾向があるように思います。

そして「ああ、私の不安は間違ってなかった」と更に不安になるという。


先日の私にもそういう傾向があったのだと思います。

だから情報をすべてシャットアウトすることで迷いを断ち切ることができました。


自らの不安を煽る情報はあえて見ない。

私が情報に対して一番意識したいことです。

②情報の垂れ流しをしない

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これはどういうことかと言うと「目的を持って情報を見る」ということです。

もっと砕いて言うと「だらだらテレビを見たりネットサーフィンをしない」です。


最近はテレビよりインターネットを見る人が増えたと聞きますが、ほんと「インターネットには魔物が住んでいる(笑)」と思う時がよくあります。

あることを調べようと思っていたはずが全然違う記事を読んでいた、なんてことザラですし。

SNSもこのブログを始めるにあたり再開しましたが(一度全て断捨離した)、そんな私でも気がつくとタイムラインをぼーっと見ていることも。


もちろん思いがけず良い情報が入ってくることもありますが、ダラダラ見ていると頭にも残りにくいしはっきり言って時間の無駄です。

時間は有限、と常々言っている私としては気をつけたいところです。

③情報に身銭を切り体験する

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自分にとってどれほど有益な情報も、「知っている」だけでは頭でっかちなだけ。


実際にお金を払って本を買う、講演を聞きに行く。

評判のお店には足を運ぶ、気になるものは買ってみる。


たとえそれらがイマイチだったとしても、体験は情報を裏付けますし納得できます。

情報は体験してこそ価値になる。


情報を発信する身として襟を正したいです。


まとめ

今回は自戒の意味も込めて「情報に対して意識したいこと」をご紹介しました。


結局のところ、私たちは溢れる情報をコントロールするはできません。

できるのは「その情報を選ぶ自分をコントロールする」ことだけ。


とはいうものの、これが簡単なようで難しい!

自分軸を磨きつつ、情報と上手に接していきたいなと思います。

こんにちは、坊主女です。人は迷います。私なんか年がら年中迷ってます(笑)。先日だってこのブログの方向性に迷い、更新さえ止まってしまうほどでした。考えれば考えるほどドツボにはまり、迷いの沼へズブズブと引きずり込まれる日々。そんな私が迷いを断ち切ることができ ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


人は迷います。私なんか年がら年中迷ってます(笑)。

先日だってこのブログの方向性に迷い、更新さえ止まってしまうほどでした。


考えれば考えるほどドツボにはまり、迷いの沼へズブズブと引きずり込まれる日々。

そんな私が迷いを断ち切ることができたのは「たった1つのこと」をやったからでした。


あらゆる情報をシャットアウトした

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あらゆる情報をシャットアウトしたこと。

このおかげで私はブログに対する迷いを断ち切ることができました。

氾濫する情報が迷いを生む

そもそも迷いはなぜ生じるのか?

それは決断するための情報が多すぎるからです。


ジュース1本買おうと思っても、コンビニに行けば威圧感さえ感じる数のジュースがズラリ。

どれが美味しいのかしら?と調べようものならインターネットやSNSには「あれが美味しい」「これがイチオシ!」などの書き込みが山のよう。

結局決められずに店を出た、なんて経験がある人もいるはずです。


ブログの方向性についても同じでした。

いわゆる「ブロガー」と呼ばれる人たちの意見は多種多様。

調べれば調べるほど「こうやったらいい」「ああすればうまくいく」などの意見に迷いは増幅されるばかり。

ブログを書く手が止まってしまったのも今となっては納得がいきます。

助けて!という心の悲鳴

あまりの情報の多さに翻弄され、半ばパニック状態になってしまった私。

あらゆる情報をシャットアウトしたのも「冷静な判断」というよりは「助けて!」という心の悲鳴からでした。


インターネット、SNS、書籍、他人のアドバイスなどなど、とにかくありとあらゆる情報をシャットアウト

そこまでしてやっと私は迷いを断ち切ることができたのです。


なぜ迷いが断ち切れたのか?

ではなぜ、情報をシャットアウトすることで迷いが断ち切れたのでしょうか?

①自分と向き合うことができた

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情報を得ている時というのは、必ず何かの媒体(メディア・本・人など)と向き合っています。

でも情報をシャットアウトすると、向き合う相手は自分だけになります。

自分はどうしたいのか?どういう方向に進みたいのか?

ひたすら自分に問いかけ心の声を聞き続けたことが、迷いを断ち切れた一番の理由だと思います。

②自信を取り戻せた

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自分と向き合う中で、私は徹底的に自分を肯定しました。

頭の中で「坊主女すごい!」「最高!」とかやってました(笑)。

でもこれ、ものすごく効果があるんです。

自分で自分を認めること
で私は自信を取り戻し、迷いを一蹴することができました。

③覚悟が決まった

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情報をシャットアウトすると決断は自分の心一つです。

「誰かがこう言っていたから」「◯◯にこうアドバイスされたから」という言い訳がききません。

逆にそのことが私にとってはプラスに働きました。

「自分でこう決めたのだから」という覚悟が決まり、迷いを断ち切ることができました。


情報は多ければいいわけじゃない

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情報に取り残される、情報を制する者は世界を制す、情報弱者・・・。

このように、情報というと「多く持っていることがすごくて、少ないのはダメ」というイメージはありませんか?


私は決してそうは思いません。

多すぎる情報を自分で咀嚼できず不安になるだけなら、ない方がましだと思います。


情報よりもっと大切なのは「自分はどう生きたいか」という自分軸

そしてそれは自分の心の中にしかありません。

情報に踊らされるのではなく自分の心に忠実に、私はこれからも生きていこうと思います。

こんにちは、坊主女です。「心の声を聞いて」「心の声に従って」こんなフレーズ、あちこちでよく聞きますよね(私のブログでも時折使います)。でも、そもそも「心の声」って何?夢見る夢子ちゃん(笑)の妄想フレーズじゃないの?なんて斜に構えた人、ちょっと待った!「心 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


「心の声を聞いて」「心の声に従って」

こんなフレーズ、あちこちでよく聞きますよね(私のブログでも時折使います)。


でも、そもそも「心の声」って何?

夢見る夢子ちゃん(笑)の妄想フレーズじゃないの?


なんて斜に構えた人、ちょっと待った!

「心の声」が聞こえるようになったら人生は間違いなく変わるんです!

そう断言するのは私の人生が変わったから。


そこで今回は、この「心の声」にスポットを当ててみようと思います。

少し長文ですので、目次を参考にお好きなところからお読みください。


「心の声」を考える

それではまず「心の声」そのものについて考えていきます。

「心の声」ってなんだろう?

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心の声、それはズバリ「自分の本心」だと私は思います。

これがしたい、あれが欲しい、こんな人生が送りたい。

そこには大小もなければ優劣もありません。

「にんにく大盛りラーメンが食べたい!(笑)」も「本を出版したい!」も同じ心の声。


常識や他人の目など一切気にせず、本当に自分が望むこと。

それが「心の声」ではないでしょうか。

なぜ「心の声」を聞く必要があるの?

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心の声が自分の本心なら、そんなこと自分が一番よくわかっている。

そう思う人も多いかもしれません。

それなのになぜあえて心の声を聞くことを意識しなければならないのでしょうか?


それは、心の声に従わない生き方はあまりにも淋しく、辛い生き方だからです。


ある人は「自分には無理だ」と夢を諦め、

ある人は「他人から見た自分」を気にして着たい服も着れず、

ある人は「いわゆる世間の常識」に自分をあてはめやりたいこともできない。


こんな生き方、楽しいでしょうか?幸せでしょうか?

私はそうは思いません。

人生は一度きり、自分の人生を生きられるのは自分だけ。

ならばもっと自分の心の声に正直に、やりたいことをやる人生を送った方がいいと思うのです。


だからこそまずは心の声を聞くこと、それが大切になってくるのです。


心の声が聞こえないあなたにやってほしいこと

「よし!じゃあ私も心の声に従ってみよう!」

と意気込んだものの・・・。

心の声が聞こえない!
本当にやりたいことがわからない!


という人、実は多いと思います。


なぜならそれは、大人になるにつれ自分の心の声に蓋をしたり「聞こえないふり」をしたりするようになってしまったから。

理由を言い出せばキリがありませんが、心の声が聞こえないままだと望む人生も送れません。


でも大丈夫!

心の声が聞こえないと思ったら、今からご紹介する3つのことを是非やってみてください。

①一人の時間を作る

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決して「一人旅に出ましょう!」などと言っているわけではありません。

毎日の暮らしの中でほんの5分でもいいから「一人の時間」を作ってみてください

その時間にはなにもせずにぼーっとするも良し、好きなことをするも良し。


ポイントは他人の声や周りの雑音をシャットアウトすること。

余計な声を排除することで、自分の心の声が徐々に聞こえるようになってきます。

②自分に問いかける

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私たちは毎日多くの選択をしながら生きていますが、意外と無意識に行なっているもの。

その選択を意識するために「自分に問いかける」ことをしてみてほしいのです。


物を買う時なら「そちらでいいのか?」「なぜそれが欲しいのか?」

行動する時なら「なぜそうするのか?」「それはやりたいことなのか?」


問いかければ答えを考えざるを得なくなります。

その答えこそが心の声。

最初は答えることすらできないかもしれませんが、問い続けることで心の声が聞こえるようになってくるはずです。

③自分を甘やかす

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私もそうなのですが、日本人は「ねばならない」「こうあるべき」みたいな縛りを自分でかけてしまうことが多いような気がします。

でもそれって心をぎゅーっと縮こめているのと同じこと。

だからこそ時には自分をめいっぱい甘やかしてあげて欲しいのです。


気になっていたケーキを買ってきて食べる。

とことんだらだらする。

マッサージに行ってリラックスする。


お金や時間に無理のない範囲でかまいません(無理すると逆に楽しくなくなります)。

自分を甘やかすと心がリラックスし、幸せを感じます。

心を満たすことで、心の声は格段に聞こえやすくなります。


まとめ

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心の声が聞こえてくるようになる方法、いかがでしたでしょうか。

どれもこれも簡単そうに見えて、実はけっこう難しいです。

なぜなら私たちは自分が思っている以上に周囲の声や常識を気にし、がんじがらめにされているから。


その呪縛を解くのは容易なことではありません。

でも目の前の小さなことから取り組み、常に心の声に耳を傾けていれば必ず聞こえてきます。


自分の心に正直に、やりたいことをやる素晴らしい人生のために。


どうかあなたの心の声を聞き逃さないようにしてあげてくださいね。

こんにちは、坊主女です。私はこのままミニマルライフを続けていくべきか。迷いに迷い、ブログの更新すら止まってしまったその間、様々なことを考えました。そうして考え抜いた結論は「私はやっぱりミニマリストだ」ということ。今回は、自らをミニマリストと認めるに至った3 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


私はこのままミニマルライフを続けていくべきか

迷いに迷い、ブログの更新すら止まってしまったその間、様々なことを考えました。

そうして考え抜いた結論は「私はやっぱりミニマリストだ」ということ。


今回は、自らをミニマリストと認めるに至った3つの理由をご紹介しようと思います。


【理由①】物のない空間に清々しさを感じる

現在暮らしている家へは2017年1月に引っ越してきました。

主人は「自分の部屋以外は好きにしていい」と言ってくれていたので、ひたすら考えたのは「いかに物を置かないか」ということ。


その結果はこんな部屋になりました。
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玄関しかり、トイレしかり。

とにかく余計な物がありません。


これがもう、本当に清々しい!

空気の澱む場所がないので、いつも家中に良い気が溢れているように感じるのです。


物が増えることで清々しい空間が失われるなんて、想像するだけでぞっとします。

これだけでも「私はミニマリストだなぁ」と納得せざるを得ませんでした。


【理由②】欲しい「物」がなかった

欲しい「物」がない。

このことは引き寄せを実践する過程で気づき、自分でも驚いてしまいました。


それはこの「引き寄せ」の実践トレーニング に自らの望みを書き出していた時のこと。

「やりたいこと」に関する望みや「お金」に関する望みは書けました。

でも「欲しい物」に関してだけは何も思い浮かばなかったんです。
左 (1)のコピー
本当に?ええ子ぶってない?

自分でも自分に問いかけてみたのですが、それでも「欲しくて欲しくてたまらない『物』」は思いつきませんでした。


「こうありたい」という望みはあっても「これが欲しい」という物欲はない。

これ、まさにミニマリストですよね。


と言いつつ、先日こんなツイートをしてしまいましたが(苦笑)。
あくまで衝動でした。冷静に考えて私には使いこなせません・・・。


【理由③】「捨てること」で気持ちを切り替えられた

ミニマルライフに対する迷いが吹っ切れたきっかけ。

それがまさに「捨てること」でした。


本を捨てることで「固執していた考え方」を手放すことができました。

資格に関するテキストを捨てることで「肩書きにこだわる自分」を手放すことができました。

一見何の関係もないような細々とした物こそ、捨てることで気持ちがスッキリしました。


「捨てる」ことが自らを奮い立たせ、一歩を踏み出す力になる。


そのことを思い出した私はまさにミニマリストです。


まとめ

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今回ミニマルライフに迷い、立ち止まってみて、私は大いなる勘違いに気づきました。

それは、私は生き方そのものをミニマルにしようとしていたから苦しかったのだということ。


行動範囲を徒歩圏内に狭め、お金を遣わず、夢や希望に蓋をする。


なんてつまらない!なんて淋しい!なんて惨め!

でも私は、いつしかそんな風にミニマルライフを捉えてしまっていました。


本当のミニマルライフは「物を減らすことで心の豊かさと幸せを手に入れる」ためのもの。

ミニマルにするのは「物」だけでいいのです。

行動は、心は、思う存分豊かに羽ばたけばいいのです。


今気づけて本当に良かった。立ち止まって本当に良かった。

ミニマルライフだけにこだわり続けることはもうありませんが、これからも物は少なく心は軽やかに生きていこうと改めて心に誓いました。

こんにちは、坊主女です。このブログを始めてからこんなにも更新が止まってしまったのは初めてです。いつも更新を楽しみにしてくださっていた読者の皆様には、ご心配とご迷惑をおかけしたことと思います。本当にごめんなさい。でもやっと、やっと心から「書きたい!」と思え ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


このブログを始めてからこんなにも更新が止まってしまったのは初めてです。

いつも更新を楽しみにしてくださっていた読者の皆様には、ご心配とご迷惑をおかけしたことと思います。本当にごめんなさい。

でもやっと、やっと心から「書きたい!」と思える状態にまで戻って来ました。


更新が滞った理由、それは・・

ブログを始めて1年。

ここまで更新が滞ったのには2つの理由があります。

ミニマルライフへの迷い

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更新が止まるほんの少し前の記事です。

このブログを始める数ヶ月前から始めたミニマルライフ。

今まで数え切れないほどの物を手放し、心も体も軽くなったはずでした。

でも私は、いつのまにかミニマルライフに生き方を束縛されているような気持ちになり、ミニマルライフそのものに迷いを覚えるようになってしまいました。


このままミニマルライフを続けていくべきか。

やめるなら、このタイトルはもう掲げられない。

そもそも私はこのブログをどうしていきたいのだ?


ミニマルライフへの迷いは、いつしか自分のブログの方向性の迷いに変わっていきました。

ブログを書く手が止まった理由の一つは間違いなく「ミニマルライフへの迷い」です。


でも実は、更新が滞った最大の理由は別のところにありました。

甲状腺機能低下症、という病

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今だからこそわかるのですが、かれこれ1ヶ月以上前から慢性的な体調不良が続いていました。


体がだるい、すぐ疲れる、頭が回らない、気力が出ない、など。


でも私は「一時的なものだろう」「暑さにやられているだけだろう」などと思い、病院へ行くことなど考えもしませんでした。

ところが体調はどんどん悪化。

ブログの文章を書くことはもちろん、日中起き上がっていることすら困難になってしまいました。

そこでやっと病院に行って検査を受けたところ「甲状腺機能低下症」と診断を受けたのです。


詳しい説明は省略しますが、座っているのも本当に辛い状態でした。

もちろん頭も全く回らないし、パソコンの画面を30分見続けるのも困難なほど。


ブログは書きたい、でも書けない。

気持ちの焦りと書けない悔しさの狭間で本当に苦しかったです。


復活ののろしは「捨ててやる!」

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結果的にほぼ寝たきり生活を2週間近く送っていたのですが、薬が徐々に効き始めてきたのか私の心にも少しずつ力が戻って来ました。

そんな先日、昼寝から目覚めた私は突然こう思ったのです。

捨ててやる!

なんでもいいからとにかく捨ててやる!

そう思った私は布団から飛び出し、自分の身の回りを徹底的に見直しました。


とはいうもののすでに要らない物などほとんどありません。

それでも私を突き動かしたもの。

それは捨てなければ変わらないという狂いそうなまでの衝動でした。

捨てたもの

このままじゃダメだ、私はもっと先へ進みたい。

そう思いながら捨てたものの数は多くありませんが、私にとって「訣別」の覚悟を込めたものばかりです。

①多動力(他10冊以上の本)

あれだけ激推ししていた堀江貴文さんの「多動力」。
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今回手放しました。

理由は強すぎる言葉に疲れたから。

言っていることはもっともだし、納得もしました。

でも私が最終的に目指したいのはそこじゃない、と思ったのです。


この「多動力」以外にも、長らく手元に置いていた10冊以上の本を手放しました。

本を手放すのは「考え方」を手放すのと同じこと。

私の「新しい考え方を取り入れたい」という気持ちの現れなのだと思います。

②整理収納アドバイザー関連のテキスト

3ヶ月ほど前「整理収納アドバイザーの資格を取ろう」と通信教育を始めました。

でも・・・最初からなんとなく思っていました。

私がやりたいのはこれじゃない、と。

これを言ってしまうと身も蓋もないのですが、始めた手前3日坊主はいかん!と一応通信教育で学べるところまでは学びました。
2級 認定証 (1)

修了証 (1)
このまま1級まで受けることも可能です。

でも私の価値は資格で決まるわけじゃないし、そこにしがみついている自分がみっともない

そう思ってテキスト一式捨てました。

③ミニマルライフへのこだわり

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床に臥せっている間、ミニマルライフや自分のブログの方向性については幾度となく考えました。

考えに考え、時には放置し、また考えた末の私の結論。それは、

どーでもええやん(笑)

です。


だってぶっちゃけどうでもいいんですよ、自分がミニマリストでもそうでなくても。

私は私だし、私の考えは私の人生そのもの。

ミニマルライフなんて私のほんの一面でしかないんだから、こだわること自体ナンセンス。


やっとそう思えるようになり、ミニマルライフへのこだわりを捨てることができました。


舞い戻った坊主女

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これら以外の細々したものも捨てましたが、捨てた後の私の心は「スッキリ!」の一言。

今、滞った空間からやっと抜け出せそうな気がしています。


もうブログに関して迷いはありません。

ミニマルライフに関係なく、私が思うこと、私が感じることをそのままに書いていこうと思っています。

タイトルの変更も一時は考えましたが、「坊主女のミニマルライフ」で覚えてくださっている方もいらっしゃるのでそのままにしておきます(語呂とリズム感もいいので)。


まだ体調が万全でないため更新頻度は落ちると思いますが、気持ちはしっかり持ち直しています。

どうかのんびりと更新をお待ちいただければと思います。

こんにちは、坊主女です。やりたいことをやる。私はそうやって生きていこうと決め、自分の心を最優先した生き方をしています。それは自分の意思ひとつでどうにでもなるものだと思っていました。今回はそんな私が現実を突きつけられたお話です。読者の方からのメッセージ先日 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


やりたいことをやる。

私はそうやって生きていこうと決め、自分の心を最優先した生き方をしています。

それは自分の意思ひとつでどうにでもなるものだと思っていました。

今回はそんな私が現実を突きつけられたお話です。


読者の方からのメッセージ

メッセージ
先日、ある読者の女性からお問い合わせページよりメッセージをいただきました。

(掲載をご了承いただきましたこと、この場をお借りしてお礼申し上げます)。

「坊主にしたいんです」

その方(以下Aさん)は「坊主にしたい」ということで、美容院の選び方などを質問してこられました。

ちょうど私が以前住んでいた地域にお住まいだったため、私が最初に坊主頭にしてもらった美容院やスタイリストさんをご紹介。

すると早速ご予約をされるという行動力!


素晴らしいなぁ、しかも坊主にしたいって嬉しいなぁ。

私はそう喜んでいましたし、Aさんからも「すごく楽しみです!」とお返事をいただいていました。

断念の理由、それは・・・

最初にメッセージをいただいてからのやり取りはとても早く、翌日には予約を済まされたAさん。

ところがその夜「坊主は断念し、美容院もキャンセルしました」とのメールが。


いったい何があったの?どうしたの?

不安な思いでメールを読み進めると、以下のような理由が書かれていました。
  • 自分としては本当にやりたかったし楽しみにしていた
  • でも、会社の人に「子供がいじめられるよ」と言われた
  • 自分のせいで子供が傷つくのは嫌だし、かばいきれる自信もない

Aさん本人は、美容院の予約日時を早めたいぐらいワクワクされていました。

「奇抜だ」という反論ぐらいは気にしておられませんでした。

でも子供のことを考え、ご自身も納得の上坊主頭にすることを断念されたのです。


「やりたい」ただそれだけなのに

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断念される、というメールをいただいた私は真っ先に「Aさん、無念だろうなぁ」と思いました。

やりたいことをやりたい、ただそれだけのことが叶わないのは悔しいだろうと。


そして、それと同時に私は

「世間の目、常識ってなぜこんなに恐ろしいんだろう」


と震えすら覚えました。

なぜ「ダメ」なの?

別に私は坊主頭にこだわるつもりはありません。

でも、別に女性が坊主にしてもいいと思うし、男性が髪を伸ばしてもいいと思うのです。

それをなぜ「そんなのおかしい」「変わってる」と杓子定規に判断されるのかが納得いきません。


その常識は誰が作ったのか?

世間の目は誰の目なのか?

そんなよくわからないものを基準にしてなぜ「ダメ」というのか?



ごめんなさい、私にはわかりません。


でもこれは、そう判断してしまう人よりもそれを作り上げてしまった社会そのものに問題があるのだと思います。

社会がどうでも関係ない

こう言ってしまうと「社会が変わらなきゃどうしようもない」と思われるかもしれません。

そこまで言うなら社会の一つも変えてみてよ、と言われるかもしれません。


でも私は、社会に対して声高にシュプレヒコールをあげ、戦うつもりはまったくありません。

それよりも自分はどう思うのか、どういう基準で考えるのか、どうありたいのか。

それを突き詰め、実行して行く方が大切だと思うのです。


社会にどうこうしてほしい、社会が悪いと思うのは自分で自分の人生の責任を取らないと言っているのと同じこと

自分を幸せにするのは自分だけです。

ならば社会に自分を委ねることなく、自分の心に正直に生きた方がいい。

私はそう思うのです。


私は、やり続ける

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今回の件で、私は2つのことを思いました。


一つは

「日々やりたいことをやれている自分は本当に幸せなのだ」

ということ。


もう一つは、

「私は、やりたいことをやり続ける」

ということ。


こんな生き方もある。

その姿勢が誰か一人でも勇気づけられるように。

私はこれからも「やりたいことだけをやり続ける人生」を送り続けます。

こんにちは、坊主女です。2016年8月8日に産声をあげたブログ「坊主女のミニマルライフ」。皆様のおかげで無事1周年を迎えることができました!読者の皆様に感謝!感謝!!この1年間、ほんの少しお休みすることはありましたが、ほぼ毎日ブログを更新し続けることができました ... 続きを読む
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こんにちは、坊主女です。

2016年8月8日に産声をあげたブログ「坊主女のミニマルライフ」。

皆様のおかげで無事1周年を迎えることができました!


読者の皆様に感謝!感謝!!

この1年間、ほんの少しお休みすることはありましたが、ほぼ毎日ブログを更新し続けることができました。

それもこれもひとえに読者の皆様の支えがあったからこそです。


どんな時も見守ってくださったこと、心配してくださったこと、励ましてくださったこと。

どれほど更新の励みになったことか!!

読者の皆様がいらっしゃらなければ絶対にこのブログは続きませんでした。


この場をお借りしまして厚く厚く御礼申し上げます。


ブログへの想い

私、実はこのブログの中で「ブログに対する想い」を書いたことはありませんでした。

なので1周年を機に「私にとってのブログとは?」という想いを少しお話できればと思います。

①自分を表現できる場所

私にとってブログは本当に大切な場所です。

タイトルにもあるようにメインは「ミニマルライフ」についてですが、決してミニマルライフについてだけご紹介する場所だとは思っていません。

自分の考えや想いを沢山の方に伝え、表現できる場所。


それが私にとってのブログです。


家族や友人、会社の同僚には話せないけれど自分が大切にしている想い。

ダメ出しされようが叩かれようが譲れない想い。


そんな沢山の想いを時には狂喜乱舞し、時には身を切るような想いを込めながら書いています。

言ってしまえば私の分身なんです、このブログは


それぐらい私にとって大切な大切な場所です。


②心と頭を整理する場所

私は感情がジェットコースターのように変化する人間でした。

自分で感情のコントロールできなくなることもしばしば。


そんな時でもブログに向かうと、文章を考えながら心と頭が整理されました。

自分はこう考えていたけれど違う見方もできるかもしれない、と冷静になることができました。


この1年で私は何度もブログに心を救われたことか。

心と頭を整理する場所、それが私にとってのブログなのです。


③やっと見つけた「本当にやりたいこと」

私は今まで様々な仕事をしてきました。

飲食店、営業、事務、様々なアルバイト。

どれも今の私に至るために必要なものでしたし、やって良かったと思っています。


でも私はずっと心のどこかで「私が本当にやりたいことはなんだろう」と探していました。

もしかしたら、とっくに気づいていたのに見ないふりをしていたのかもしれません。


そんな時に出会ったこのブログは私にとって「本当にやりたいこと」でした。

自分を表現しながら、自由に時間を使い、収入を得る。


まだまだ「職業」というには程遠いですが、この1年間「ブログを書くのが辛い」と思ったことは一度もありません。


それぐらい楽しく、ワクワクする場所。

それが私にとってのブログです。


これからもこのブログと共に

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1年は長かったようであっという間でした。

そしてまだたったの1年です。

これからこのブログがどう変化していくかはわかりませんが、私にとって大切な場所であることはずっと変わりません。


これからもこのブログと共に。

どうか今後ともよろしくお願いいたします。

こんにちは、坊主女です。お墓参り、と聞くと普通は「ご先祖様の供養のために行くもの」と思うかもしれません。もちろんその側面は大きいと思いますが、私は今「自分のため」にお参りをしています。毎月お墓参りへ行っています小さい頃、私の実家には毎月お寺さん(お坊さん ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


お墓参り、と聞くと普通は「ご先祖様の供養のために行くもの」と思うかもしれません。

もちろんその側面は大きいと思いますが、私は今「自分のため」にお参りをしています。


毎月お墓参りへ行っています

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小さい頃、私の実家には毎月お寺さん(お坊さんのこと)がお参りに来てくださっていました。

また、毎月お墓参りに行くのも当たり前で、お寺の境内が遊び場だったほどです。


でもやっぱり大きくなるにつれお墓も疎遠に。

帰省の際にやっと行くか行かないかという状態が続いていました。


そんな私ですが、今では毎月お墓参りに行っています

きっかけは引っ越し

それまでは実家も実家のお墓もさほど遠くない場所にあったのですが、引っ越し後はそう滅多に帰ることができなくなりました。

だから余計に先祖への想いが強まったのだと思います。

幸いにも主人の実家のお墓が近くにあるので、引っ越し後は毎月お墓参りに行くようになりました。


自分のために墓へ参る

私がお墓参りに行く理由として「先祖の供養のため」というのは大前提です。

そのうえであえて「自分のため」にお墓参りに行っています。

①見守ってくれていることへの感謝

私は特に霊感が強いわけでもなければ、スピリチュアルなことを信じているわけでもありません。

でもご先祖様はいつも私たちを見守ってくださっていると思っています。

その感謝の気持ちを伝え、見守ってくださっていることを忘れないためにお墓参りに行きます。

②元気でいることの報告

せっかく見守っているのにほったらかし、ではご先祖様も精が出ないはず。

日々元気に過ごしているという報告を聞きたいと思うのです。

言ってみれば親に近況報告をするのと同じこと

元気でやっています、心配しないで。

そんな気持ちを伝えるためにお墓へ参ります。

③先祖あっての自分、という戒め

ご先祖様がいなければ今の私は存在しません。

主人のご先祖様がいなければ、主人も存在しなかったし私と出会うこともありませんでした。

そう考えると何代も、何十代も続くご先祖様あっての自分だとしみじみ思うのです。

自分は1人で生きているのではない。

そのことを強く戒めるためにお墓参りを欠かさなくなりました。


ふと心が迷ったら

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お墓参りなんて意味がない。

行きたいけど遠い場所にあるから面倒だ。

お墓参りに行かない理由は多々あるでしょうし「行かなければダメだ」と強く言うつもりもありません。


ただ、私はお墓参りに行くと心が「しゃん」とします。

ご先祖様に、そして自分に恥じない生き方をしようと気持ちが引き締まります。


ふと心が迷ったそんな時は。

お墓参りに行ってみるのもいいかもしれませんね。

こんにちは、坊主女です。8月6日は私にとっての「坊主記念日」。忘れもしない1年前の8月6日、私は坊主頭になりました。もう1年も経ったのか・・・、と一人感慨にふけっております。そこで今回は、今だからこそ伝えたい坊主頭への熱い想いを綴ります!こんな痛恨のミスをした ... 続きを読む
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こんにちは、坊主女です。


8月6日は私にとっての「坊主記念日」。

忘れもしない1年前の8月6日、私は坊主頭になりました。

もう1年も経ったのか・・・、と一人感慨にふけっております。

そこで今回は、今だからこそ伝えたい坊主頭への熱い想いを綴ります!
坊主記念日
こんな痛恨のミスをしたのも懐かしい思い出(笑)

坊主頭にして良かった!

もう、これしかありません。

ほんっとに坊主頭にして良かった!



この1年、坊主頭にして後悔したことなどまったくありません。

だいたい髪がなくて困ることなど何一つないですし(頭打ったらめちゃくちゃ痛いですけど)。


もちろん「髪を伸ばそう」とチラリとでも思ったことすらありません。

髪が長い頃の自分や、髪をどう扱っていたのかなどは忘れてしまいました(笑)。

子供の頃から自分のくせ毛がイヤでイヤで、サラサラのストレートヘアに憧れていたのに。

縮毛矯正の技術が開発されてからは時間もお金もかけまくって美容院に通ったのに。


なんだか不思議な気もしますが、今は坊主頭に変わる髪型を思いつきません。


坊主頭にして良かったこと

今まで何度も「坊主頭の良さ」を書いているのですが、記念日でもあるので書かせてください。

①他人の目が気にならなくなった

以前の私は「他人からよく見られたい」という意識がひどくありました。

それは見た目・中身・仕事ぶりなどすべてにおいて。


それが坊主頭にしたことでいっさいがっさい気にならなくなりました。

女が坊主頭にしたことで後ろ指をさされることなど一度もありませんでしたし、そもそも誰も他人に興味などないと気づきました。


他人の目が気にならなくなり、自分らしく生きられるようになったこと。

坊主頭にして何よりも良かったことです。


②自分に自信が持てるようになった

他人の目が気にならなくなったことで、すべて「自分」を基準に物事を考えることができるようになりました。

世間の常識や一般論、評価などではなく「自分はどう思うか」。

そうやって自分の心の声に従って生きるようになると、自分に自信が持てるようになりました。


これは坊主頭にしなくてもできたことかもしれません。

でも私は坊主頭にしたからこそ吹っ切れたと思っています。


③素の自分で勝負できるようになった

別に勝負しなくてもいいんですが(笑)。


坊主頭ってごまかしがきかないんです。

なんというか、気持ち的には真っ裸なんですよ。

でも、逆にそのおかげでいつも素の自分でいられるようになりました。


背伸びもしなければ卑屈にもならない、等身大の自分でいられるようになったこと。


今はとても楽に生きることができています。


これからもずっと坊主頭です

坊主1
坊主頭にして1年ということで改めて坊主頭について考えてみました。

でもやっぱり飽きませんね(笑)。

楽だとかお金がかからないとか、そういう面もありますが何より自分が生きやすい


坊主頭は私の人生すら変えてくれました。

だから私はこれからもずっと坊主頭です!

こんにちは、坊主女です。好きなこと、趣味にしていること、やりたいこと。そんなことにすら理由が必要でしょうか?理由を説明し、他人に納得してもらわなければならないでしょうか?般若心経が好きです冒頭から煽りを入れておいてそれか!と突っ込まれそうですが(笑)。以 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


好きなこと、趣味にしていること、やりたいこと。

そんなことにすら理由が必要でしょうか?

理由を説明し、他人に納得してもらわなければならないでしょうか?


般若心経が好きです

般若心経
冒頭から煽りを入れておいてそれか!と突っ込まれそうですが(笑)。


以前ご紹介しましたが、私は写経も趣味です。

写経するのももちろん般若心経です。

ただ、写経はそれなりに時間もかかりますし「よし!」という気合いも必要です(それが好きなのですが)。

だから私にとって写経は「心が落ち着かない時」や「迷いが生じた時」に繰り出す必殺技のようなものなのです。


これに対し、般若心経を声に出して唱えると3分ほどで終わります。

なので私は毎日般若心経を唱えています。

かれこれ1年半にはなるでしょうか、毎日です。

旅行に行った時などは主人の目を盗んで(笑)唱えています。


もちろん般若心経に込められた意味も、この本を読んで一通りは知っています。
哲夫 本

この本を書いているのはお笑い芸人さんですが、すごくわかりやすいです。

般若心経ってありがたいお経だなって思います。


でも、私が般若心経を声に出して唱えるのは理由があってのことではありません。

唱えてたら気持ちがいいんです。ほんとそれだけなんです。


なぜ「好き」に理由がいるんだろう?

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本当は般若心経のことをずっとブログに書きたいと思っていました。

私が好きな般若心経のことをもっと知ってもらいたいと思っていました。


それなのに心の奥にあったこんな気持ちが私を躊躇させてしまっていました。
  • もっとちゃんとした理由がないといけない
  • 誰にでも納得してもらえる効果を示さないといけない
  • 変な趣味だと思われて読んだ人がドン引きしたら悲しい
我ながらチキンですね。坊主頭のことは嬉々として書けるのに(苦笑)。

だから開き直って書くことにしました。


だって、そもそも「好き」に理由なんていらないと思うのです。

好きなものは好き。それだけだと思うのです。


それで読者の皆様が離れてしまったら仕方ありません(淋しいですけどね)。

それが怖くて好きなことを書けないより、自分の心に正直に書いていきたい。

やっぱり私はそう思います。


もっと心の震えを感じて!

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今回の私のような迷いは、実は生き方そのものにも当てはまるのでは?と思います。


好きなことはあるけどお金にはならないから今の仕事を続ける。

やりたいことはあるけど家族のことを考えると諦めざるをえない。

夢を語ったところでバカにされるだけだから誰にも言わない。


本当にそれでいいのでしょうか?

心はそれで満足するのでしょうか?


人は誰だってワクワクやドキドキと言った心の震えがあるはず。

そんな心の震えを閉じ込めず、もっと感じてみればいいと思うのです。


このことを自分にも言い聞かせ、私はもっともっとやりたいことをやっていこうと思います。

こんにちは、坊主女です。私は今までも定期的にミニマルライフについて迷って来ました。時には家族との関係に悩んだり。時には「持たない」ということに執着しすぎていた自分に気づいたり。でも今回はそれどころではありません。「ブログのタイトルを変えようか?」ぐらい悩 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


私は今までも定期的にミニマルライフについて迷って来ました。

時には家族との関係に悩んだり。


時には「持たない」ということに執着しすぎていた自分に気づいたり。


でも今回はそれどころではありません。

「ブログのタイトルを変えようか?」ぐらい悩み、迷っています。


私は何を望んでいるのだろう?

先日から私は「引き寄せ」を本気で再開し始めました。


奥平亜美衣さんの本を読みながら、忘れていた様々な考え方を思い出し、実践しています。

中でも「引き寄せ」の実践トレーニングは書き込みながら自分の気持ちに気づくことができるのでとても役立っています。
トレーニング 表紙

この本のワークの最初に「望みを明確化するトレーニング」というのがありました。

自分が望むものが明確でなければ叶うわけがないから、なんですよね。

その項目は
  • 欲しいもの
  • 恋愛・結婚
  • お金
  • 仕事・やりたいこと
  • 美容・健康
  • 人間関係
の6項目でした。


とにかく自分の心に正直に、正直に、本当の望みを。

そうやって心を掘り下げた先に見えてきた言葉はたった一つ。


自由、でした。



正直言って自分でも驚きました。

今の私は会社勤めもしていなければ、やりたいことをやりながら暮らしています。

状況だけ見れば相当自由な暮らしをしているはず。

それでも「もっと自由を」と望んでいたのです。


なぜこんなにも自由を望んでいるのだろう。

そう考えた時、ある思いが湧き上がってきました。


ミニマルライフが足かせになっている!

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決してミニマルライフが悪いわけではありません。

私が、自分の行動や考えを「ミニマルライフ」という言葉で縛っていたのです。


こういう行動をするのはミニマリストとしてどうか。

こういう考え方はミニマリストらしからぬ。


こんな風に自分の心を縛り、何かにつけ「我慢」していたのです。

やれやれ。

これでは自由を望むに決まっています。


決して今の暮らしに不満はありませんし、幸せな暮らしをしています。

でも私はパーティのようなきらびやかな空間も大好きだし、そこへおしゃれして出かけるのもワクワクします。

アクセサリーも、賑やかな街も大好きです。

もっと言います。お金も大好きです。


これらを全部我慢して「ミニマルライフ」を送り続ける。

なんか違う、それって楽しくない。

私が最終的に望む幸せは「やりたいことだけやる」のはず。


イヤだ!もう我慢なんてしたくない!


とうとう私の心が叫んでしまいました。


自分自身の幸せのために

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もう一度言います。

私は今もじゅうぶんに幸せで豊かな暮らしをしています。

だからと言って、自分の心に蓋をしてやりたいことを我慢したくなどありません。

もしその蓋が「ミニマルライフ」だとしたら・・・。


私はミニマルライフをやめます。


ミニマルライフをやめたからと言って私の何かが変わることはありません。

坊主女は変わらず坊主女です。


最終的には「幸せであること」が一番大切だと思っています。

これから少しずつミニマルライフから軸足を移し「やりたいこと」をもっと突き詰めていきたい。

これが今の私の正直な気持ちです。