坊主女のミニマルライフ

ミニマルライフを突き進んだら坊主頭にたどり着きました。

カテゴリ: 断捨離

こんにちは、坊主女です。 一度は手放したあんなものやこんなもの。 意を決してやめたこと。 それらを再び手にすることは「意思が弱い」「やっぱり自分はダメだ」なんて思っていませんか? 大丈夫。 そんなルール、誰も決めてませんから。 私が再び手にしたもの私 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


一度は手放したあんなものやこんなもの。

意を決してやめたこと。

それらを再び手にすることは「意思が弱い」「やっぱり自分はダメだ」なんて思っていませんか?


大丈夫。

そんなルール、誰も決めてませんから。


私が再び手にしたもの

私はミニマリストになってから多くの物を手放し、いろんなことをやめました。

手放した物に未練はなく、やめたことに後悔もありません。

でも最近、再び手にした物事がいくつかあります。

①SNS

かつての私は完全にSNS中毒でした。

気がつくとタイムラインを追いかけていた私ですが、坊主頭にしたその日、SNSをすべて退会しました。


ところがすでにお気づきの通り、今は再びtwitterもfacebookも活用しています。

これは当初、このブログの更新情報をお届けするためだけに使っていました。

それがいつしか以前と同じように日々のことを呟いたりもしています。


さらに先日はinstagram(@boselady0806)もスタートさせました。

こちらでは、最近すっかりハマっている刺し子の作品を紹介しています。


「なんだ、すっかりSNSフリークじゃない」と思われるかもしれませんね。

たしかに活用はしていますが、以前との決定的な違いはかつてつながっていた人達とは一切関わっていないということ。


私にとってSNSの断捨離は人間関係の断捨離であり、ツールが嫌いだったわけではない。

そう気づいたので、今はむしろ積極的に活用しているというわけです。


②アイロン・アイロン台

アイロンとアイロン台は、悩みに悩んだあげく手放していました。

これらも、手放してから今に至るまで「手放さなければよかった」なんて後悔したことは一度もありません。


それなのに今回再び手にすることになったのはなぜか?

それは・・・

刺し子の仕上がりをもっと良くしたいから!!!


どんだけハマっとるねん(笑)。

そんなツッコミもどこ吹く風、とてもシンプルなアイロンですが購入しました。

以前持っていたアイロンは20年以上前の代物だったので熱くなるまですごく時間がかかったのですが、今のアイロンはあっという間ですね(浦島太郎みたい)。

しかも870gと軽量。技術の進歩ってすごい・・・。


反対に、アイロン台は昔ながらの超シンプルなもの。
アイロンとアイロン台
これは近所の手芸屋さんで買いました。

今はアイロンマットなるものが出ていることは知っていたのですが、私は机の上でアイロンがけをしたかったので「マットだと机に熱の影響が出そう」と思い、この台にしました。

ちなみにアイロンマットってこんなもの。


このアイロンで刺し子のふきんを仕上げるととっても美しい!

再び手にして良かったと思っています。


なぜ手にしちゃいけないの?

冒頭にも書いたように、一度手放したものを再び手にするのって自分の意思の弱さを露呈しているような気持ちになりがちです。

でもそんなことは全然ないんですよね。


生きていればライフスタイルは変わっていくのは当然で、その都度必要な物も変わっていく。

その変化を拒み、頑なに今のスタイルを守ろうとする「執着」の方がもっと厄介なもの。

「執着」を手放し、自由な気持ちで生きていく方がずっとずっといい。


ただし!

深く考えもせずに物を捨てたり、衝動だけで物を手にしたりというのは違います。

きちんと物と向き合ったうえで手放し、本当に必要な物だけを選ぶ。

そうすることで「その時の自分にとって大切なもの」に囲まれた生活ができると思うのです。


その思い込みを手放そう

私自身に言い聞かせる面も大きいのですが「こうでなければミニマリストではない」「こうしなければミニマリスト失格」みたいな考えって、結局はただの思い込みなのだと思います。

別に誰に言われたわけでもないし、ミニマリストに関するルールブックがあるわけでもない。


大切なのは、今、心地よい暮らしをするために物を選び、行動を選んでいくこと


そのために、つまらない思い込みこそ手放し、心軽やかに生きていきたいと思います。

こんにちは、坊主女です。最近物忘れがひどくて・・・。40歳を超えた私は、こんな自虐的なセリフを口にすることが増えました。でも実は、「忘れる」ってとても大切なことではないかと思うのです。忘れることは悪いことばかりではない忘れることは悪いことばかりではない。そ ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


最近物忘れがひどくて・・・。

40歳を超えた私は、こんな自虐的なセリフを口にすることが増えました。

でも実は、「忘れる」ってとても大切なことではないかと思うのです。


忘れることは悪いことばかりではない

忘れることは悪いことばかりではない。

そう教えてくれたのは1冊の本でした。
忘れる 本


本屋さんで「可愛らしい表紙だな」となんとなく気になり手に取ったこの本。

実は、今年94歳(!!)になられる外山滋比古さんの多数の著書から「考え方」について書かれた部分を集めて構成された本です(ちなみに外山さんは私の住む愛知県西尾市出身)。


外山さんと言えば私にとっては「知の巨匠」。

どれほど難しいことが書いてあるかと思ったのですが、表紙どおりとてもわかりやすく抜粋されており、あっという間に読み進めることができました。


この本の中で私の心に繰り返し引っかかったのが「忘れることは悪いことではない」ということ。

たとえばこのような一文。
悪い忘却ばかりではなく、有用な忘却もある。
(中略)
善玉忘却は頭の働きをよくする。
『知的生活習慣』より
忘却は記憶以上のことをすることができる。
知識によって人間は賢くなることができるが、忘れることによって知識のできない思考を活発にする。
その点で、知識以上の力を持っている。
『乱読のセレンディピティ』より
忘れることはむしろ大切なんだ。

この本を読みながら、私はそんな風に都合よくさえ考えてしまいました。

でも確かに、自分にあてはめてみると「忘れることには様々な効果があるな」と思ったのです。


忘れることでもたらされる3つの効果

では実際に「忘れることでもたらされる効果」にはどのようなものがあるか考えてみます。

①新しい知識の入ってくるスペースができる

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これはまさに私が「忘れる=脳の断捨離」と思った理由です。

部屋でも人間関係でも、パンパンでは新しいものが入ってこれません。

スペースを作ることで空間ができ、新しいものが入ってこれるようになります。


脳も同じ。

知識は確かに大切だけど、なんでもかんでも詰め込めばいいというものではありません。

逆に「頭でっかち」なんて陰口を叩かれてしまうかも。

自分にとって不要な知識をどんどん忘れることで、脳にもスペースができ、新しい知識を取り込めるようになると思います。

②思考が深まる

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この効果は外山さんも繰り返しおっしゃっています。
半分忘れかけていたようなことでも、自分にとって本当に面白いことなら、決して忘れっぱなしにはなりません。
価値あるものなら、たいていある時期によみがえってくるものです。
しかも、たんに記憶が戻るのではなく、深化した思考として姿を現すのです。
『50代から始める知的生活術』より
私の経験でもそう思います。


たとえば今回の「こうやって考える」という本。

読んでしばらくは本の内容も半分以上忘れていました。

でも、ふとした時に突然「あれはこういうことだったのか!」と頭に蘇り、今こうやって記事として書いてます。


本の内容に限らずとも、得た知識や考えたこと。

一旦忘れてしまっても、本当に自分にとって価値あるものであれば、いつかより深まった思考」として蘇ってくるもの。

それはまさにウイスキーのような熟成度だと思います。

③楽に生きられる

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忘れた方が楽なことってありませんか?

私にはたくさんあります(苦笑)。


過去にあった嫌なこと、関わった人間、振りはらっても消えない悩み・・・。


こういったことは抱えてたっていいことなんか何もありません。

とっとと忘れるに限ります。

私はやっと、少しずつ「忘れる」能力がついてきたので随分楽に生きられるようになりました。


忘れることで楽に生きられる。


私はそう思います。


どんどん忘れよう!?

よし、じゃあなんでもかんでも忘れちゃえ!

となると日常生活やお仕事に支障をきたしかねませんからオススメはしません。

でも、人生という大きなくくりで見れば「忘れる」という断捨離はとても大切なことだと思います。


「人は忘れるから生きていける動物」と言います。

「忘れる」ことをネガティブに考えず、前向きに生きるためにどんどん忘れていきましょう!



こんにちは、坊主女です。ミニマリストになってから、物を減らすことはあっても増やすことは滅多になくなりました。仮に何か買うことがあっても「本当に必要かどうか」をよく吟味するように。のはずだったのですが・・・。久しぶりに買い物で大失敗をやらかしてしまいました ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


ミニマリストになってから、物を減らすことはあっても増やすことは滅多になくなりました。

仮に何か買うことがあっても「本当に必要かどうか」をよく吟味するように。

のはずだったのですが・・・。


久しぶりに買い物で大失敗をやらかしてしまいました。


iPad、買ってました

1ヶ月近く前の話ですが、twitterでこんなつぶやきをしていました。
この時はあくまで衝動的だったはずなのですが、一度思ってしまうとだんだん欲しくてたまらなくなってきちゃったんです。


「いるやろ」「いや、いらんやろ」みたいな脳内会話をすること数日。

「こうてまえ!(買ってしまえ!)」という脳内号令(笑)と共にポチったんですよね・・・。
iPad 箱


なんならApple Pencilも買っちゃいましたよ。
iPencil

このペンは、イラストが書ける人にはたまらん魅力みたいです。

主人に見せたら「おー、すごい」なんて言いながらサラサラと描いてくれました。
新規メモ
画:夫画伯

ま、私は天才的に絵が描けない(笑)のですが、このペンを使ってiPadをメモ代わりにしたら紙がなくせるよね、なんて考えたんです。

他にもあれやこれや理由をつけて買ったんです。

買ったんですが・・・


なんか違ったんです。

iPhoneで足りるとか、MacBook(パソコン)でいいじゃないとか、そういう問題ではなく「なんか違う」という強烈な違和感


どうしようかな、と思い悩んだ結果、10日で売りました(はやっ)。

総額9万円ぐらいしたものをこのスピードで手放せるのはミニマリストならではなのかもしれませんが、「いらない」と思ったものを1日でも手元に置いておきたくなかったんです。

やれやれ、やっちゃったなぁ、と思いながらiPadとサヨナラしました。


物で心の隙間を埋めようとしていた

本来なら物を買ったら嬉しいはず。

それなのになぜ違和感を感じてしまったんだろう。

iPadを手放してから、私はいろいろと考えてみました。


その結論が「物で心の隙間を埋めようとしていた」ということ。

ちょうど心が弱り始めたタイミングでした。

そもそも弱った心は判断力も鈍っているのですが、「このままじゃだめだ、なんとかしなくちゃ!」みたいな思いが更に拍車をかけたのだと思います。


物があれば心が満たされ、回復するはず。

そんな思いで買った物が「本当に欲しいもの」であるはずありません。

案の定、手元に届いても興奮するわけでもなければワクワクするわけでもなく、強烈な違和感だけを覚える結果となってしまいました。


物があるから幸せなんじゃない

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今回の件は買い物としては失敗でしたが、改めていい教訓になりました。

それは物が幸せにしてくれるのではなく、「幸せだ」と感じる心が大事なのだということ。


結局自分がどう思うかだけなんですよね。

誰かや何かに幸せにしてもらおうと思っている限り、永遠に幸せはやってこないんです。


さすがに今回は懲りました。

次のiPhone Ⅹ(テン)なんか・・・か、買わないからねっっ(笑)。

こんにちは、坊主女です。人は何かを手に入れた途端、手放すことが怖くなり、手放したくなくなります。それが一生懸命時間をかけ、必死になって手に入れた大切なものであれば尚更。わかります。私だってまだまだそうです。だけどやっぱり、手放すことを恐れちゃいけないと思 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


人は何かを手に入れた途端、手放すことが怖くなり、手放したくなくなります。

それが一生懸命時間をかけ、必死になって手に入れた大切なものであれば尚更。


わかります。私だってまだまだそうです。

だけどやっぱり、手放すことを恐れちゃいけないと思うのです。


私が手放したくないもの

私は「ミニマリスト」と自称している以上、他の人より手放すことは得意だと思います。

手放す時に躊躇はしませんし、「あ〜スッキリした!」とその物の存在すら忘れてしまいます。

先日ミニマルライフそのものについて悩んでいた時も、「捨てる」ことで復活しました。


そんな私なのですが・・・。

実はかれこれ半年ほど、ずーっとどんよりした、スッキリしない感覚を抱え続けていました。

気づきたくなかったのだと思います。

でも、自分自身の心の声を聞き続けるうちに、手放したくない「あるもの」の存在に気づいてしまいました。

今の生活を手放したくない

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今の生活を手放したくない。


誰にだってその気持ちはあるかもしれませんが、私は自分の人生の中で、この半年間が一番そう思っていたことに気づきました。


ミニマルライフを突き進んだ結果やっと手に入れた今の生活。

やりたいと思うことをやり、主人には本当に好きにさせてもらっている。

体調が悪くても無理やり仕事に行く必要もないし、今あるお金の中でじゅうぶんな暮らしができている。


こんなに頑張って手に入れた今の恵まれた生活を絶対に手放したくなんかない!

そんな風に、私は必死に「今の生活」にしがみついていたのです。

自分自身に失望した

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今の生活を手放したくないと思っている自分に気づいた時、私はひどくショックを受け、そして自分自身に失望しました。


あれだけ自由奔放に生きてきた私が「安定」にしがみついているなんて。

手放すことを、失うことを恐れているなんて。

いつのまにそんなつまらない人間になったんだよ!

そんなんだから毎日の暮らしも、ブログさえも、どんどんつまらなくなっていってるんだよ!


なんかもう、本当に情けないと思いました。

だから鬼のように自分を責め、見事にどん底まで落ち込んでしまいました(やれやれ)。


手放すことを恐れてはいけない理由

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結局私は、やっとの思いで掴み取った今の生活が送れなくなることを恐れ、しがみついていました。

その結果、気がつくととてもつまらない毎日、とてもつまらない人間になっていたのです。


なら今すぐ今の生活を捨てて飛び立てばいいじゃない!

と思われるかもしれませんが、私には夫もいますしそれは分別のない行動だと思います。

ただ、何かあった時に今の生活を手放すことを恐れてはいけないと思うのです。

なぜ恐れてはいけないんだろう?

日々の暮らしを送っていく時に大事なことって何でしょう?

私は「今の生活を守り、安定した生活を送ること」より「変化を恐れず、毎日を楽しんで生きること」だと思います。


変化に対応していく時、人は必ず何かを手放していかなければなりません。

そしてその手放した物が大きければ大きいほど、今よりもっとワクワクする未来がやってきます。

今の暮らしにしがみつき、手放さなければ「安定」は得られるかもしれませんがその先の「ワクワク」は手に入れられません。


私たちは生きている以上、必ず変化していきます。

その変化の波に飛び乗るためにこそ、手放すことを恐れてはいけないのだと思います。

本当に手放してはいけないのは?

今まで「今の生活」についてだけ書いて来ましたが、他のものでも同じだと思います。


地位・名誉・肩書・住んでいる家・交友関係・・・


これらはどれも汗水垂らして手に入れたものかもしれません。

でも、これらがなければ自分の価値を証明できないのでしょうか?

だとしたらとても淋しいことです。


本当の自分の価値は自分そのものにあり、自分らしく生きることにこそ価値があります。

ならば、手放してはいけないのは「手に入れたもの」ではないはず。

自分はどう生きるのか?という「生き方」こそ、誰に何と言われても手放してははいけないものだと思うのです。


「いつでもゼロになれる」という強さを

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今回自分自身を振り返ってみて「私はまだまだ弱いなぁ」とつくづく思いました。

と同時に、気づけて良かったとも思います。


「いつでもゼロになれる」と心のどこかで思えている人は本当に強い。

私はまだまだそんな境地には程遠いです。


でもせめて、手放すことを恐れないようにしたい

何かにしがみつかなくても自分という人間には価値があり、素晴らしい人間なのだと信じたい


そしていつか、真に身軽な生活ができたらな、と思います。

こんにちは、坊主女です。私はミニマリストになってから、本当に多くのものを手放してきました。でも、気がつくとまたぎゅっと握りしめ、そのことにさえ気づかなかったり。そんなことを繰り返すたびに「結局、手放すことでしか手に入れられないんだよね」とつくづく思います ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


私はミニマリストになってから、本当に多くのものを手放してきました。

でも、気がつくとまたぎゅっと握りしめ、そのことにさえ気づかなかったり。


そんなことを繰り返すたびに「結局、手放すことでしか手に入れられないんだよね」とつくづく思います。


握りしめていた「こだわり」

握りこぶし
マイルールの話
でもそうですが、私は他人から見たらどうでもいいことでもしつこくこだわってしまう傾向があることに最近気づきました(遅い)。

ミニマルライフへのこだわり

先日、このブログの更新が1週間以上滞ってしまったのはご承知のとおりです。


体調不良もあり、迷いもあり、更新が滞った理由は1つでは片付けられません。

でも、理由の一つに「ミニマルライフへのこだわり」があったことは事実です。


ミニマルライフをやめたら、このブログの軸はどこに置いたらいいんだろう?

ミニマリストとしての私じゃなくなったら、私はどうなるんだろう?


なんだか「彼氏に捨てられたら生きていけない女」みたいですね(笑)。

自分で読んでて恥ずかしくなりますが、迷いの真っ只中にいる時には気づきもしませんでした。

私がミニマルライフに執拗なまでにこだわっている、なんて。


手放したら、手に入れた

パー
そんな私がブログの更新を再開できたきっかけの一つは「物を捨てた」ことでした。

そしてもう一つは「どーでもいい」とミニマルライフへのこだわりを捨てたことです。


ただ、再開した当初は「手放したことに対する清々しさ」しか感じていませんでした。

多くのものを手に入れていることに気づいたのは最近になってからです。


私が手に入れたもの。

それはのびのびと書きたいことを書ける「自由」と、他人の評価に怯えることなく書ける「自信」でした。


この二つは、ずっと手に入れたかったけど手に入れられなかったもの。

こだわりを捨てたからこそ、ごく自然に私の中に宿ったのだと思います。


世の中はすべてそうなっている

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手放せば手に入る。

一度ぐらい聞いたことがあるとは思いますが、これはもはや「法則」としか言いようがないのだと思います。


物を手放せばより良い物が手に入る。

お金への執着を手放せばお金が手に入る。

「結婚したい!」という思いを手放せばパートナーが見つかる。

他人からの評価を追い求めなくなれば評価があがる。


なぜだろう?と考えてみました。

①手放すことでスペースができる

水が満タンのコップに水が注げないように、スペースがなければ新しい物を呼び込めませんよね?

物を手放すことでスペースが生まれ、新しい物が入ってきやすくなるのだと思います。

②不足感は不足感を引き寄せる

少し引き寄せの話になりますが、「欲しい」という気持ちは不足感の裏返し。

「欲しい、欲しい」と思うほど「足りない、足りない」と言っているのと同じこと
なので、足りない現実がやってきます。

だからこそ「欲しい」という気持ちを手放せば手に入る、ということなのだと思います。


手に入れたければ手放そう

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あなたは今、手に入れたい物はありますか?

それは、思えば思うほど遠ざかっていませんか?


もしそれが努力や根性でどうにかなるのなら根性振り絞ってください。

でも何をやってもどうにもならないのなら、実は私のように心のどこかで何かにこだわり、ぎゅっと握りしめているからかもしれません。


大丈夫。

その握りしめた拳をひらき、こだわりを手放せば欲しいものは必ず手に入ります。


手に入れたければ手放す。


難しいけれど、私はこれからも「手放す生き方」を続けていこうと思っています。




こんにちは、坊主女です。自分だけのルール、それがマイルール。「譲れないルールが一つだけ」という人もいれば、「何から何までルールづくめ」という人もいるでしょう。いずれにしてもマイルールは手放した方がいいんじゃないかな?と最近思うのです。今回はそれぞれの「マ ... 続きを読む
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こんにちは、坊主女です。


自分だけのルール、それがマイルール。

「譲れないルールが一つだけ」という人もいれば、「何から何までルールづくめ」という人もいるでしょう。

いずれにしてもマイルールは手放した方がいいんじゃないかな?と最近思うのです。


今回はそれぞれの「マイルール」も思い出しながら読んでいただければと思います。


マイルールだらけの私

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ハイ、かく言う私が実はマイルールだらけの人間です(笑)。

でも自分ではまったく気づいていませんでした。

事あるごとに主人に指摘されるうち、やっと「私ってマイルールが多いんだなぁ」と思ったぐらい。

マイルールのほんの一部をご紹介

多分、自覚していないマイルールも山のようにあると思います。

そんな中でまずは主人に指摘されたものからほんの一部を。
  • 夕食に丼や麺類はありえない(主人にOKと言われてもしばらく作れなかった)
  • お弁当は何があっても作る(主人の仕事が変わったので今は作っていません
  • 誰に言われたわけでもないのにブログを書く(好きだからなんですが)
  • 起きなくてもいいのに早起き(だってメリットあるし)
いちいち言い訳する私(苦笑)。自分では「ルール」とすら思ってなかったのですが・・・。


他にもないかな?と自分で思いついたものもいくつか挙げてみたいと思います。
  • 物の収納場所がほぼすべて決まっている
  • 決まった日に決まったことをする(別にその日でなくてもいいことでも)
  • 待ち合わせ時間より絶対に早く到着する(どれだけ遅くても10分前)
  • 洗濯物を干す時、どのハンガーや洗濯バサミに何を干すか決めている
めんどくさいな、私(笑)。

性格が正反対の主人でなかったら絶対うまくいってなかったと思います。

小さい頃からそうだった

ざっと挙げただけでもこんなにマイルールのある私ですが、思えば小さい頃からそうでした。
  • 幼い頃、一緒に寝ていたぬいぐるみたちは必ず同じ順番で並べる
  • 中学校や高校の頃は、試験前になると「勉強計画」を分単位で作成(!!)し、実行
  • 高校時代は、毎日乗る電車の時刻も車両も座る位置もまったく同じ
自分で思い出しながらもはや笑えてきました(笑)。


このようにキリのないマイルールですが、すべてに共通しているのは誰に言われたわけでもないのに勝手に作っていること。

しかも、そうやって自分で作ったマイルールを守れないと自分に苛立ち、自分を責めてしまっていたということなのです。


そのルール、いる?

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40年近くもの間マイルールに縛られていた私ですが、この頃やっと「そのルール、いる?」と自分に対して問いかけ、手放せるようになってきました。

【理由①】度重なる体調不良

昨年末に40歳を迎えた私ですが、特に今年に入ってから体調を崩すことが増えました。

救急車で緊急搬送されたり、甲状腺の機能が低下して動けなかったり。


気持ちはまだ衰えていませんが、年齢的にこれからもっと「できないこと=守れないルール」が増えてくるはず。

できないものはできない。

良い意味で諦められるようになったことで、マイルールを手放せるようになりました。

【理由②】自分を認められるようになった

もう一つ、マイルールを手放そうと思えるようになった大きな理由があります。

それはどんな自分も自分として認められるようになったから


ダメな自分も、弱い自分も、全部自分。

誰に認めてもらえなくても、私だけは私を認め、愛する。


そう思えるようになったことで、「ルールを守る自分は偉い」という拠り所がなくても大丈夫になりました。

ルールを守れない自分だってOK!と思えるようになりました。


そしてやっと、ルールそのものも手放せるようになったのです。


柳のようにしなやかに

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社会のルールは秩序を保つために必要ですが、マイルールは自分を縛るものでしかない。

今の私はそう思います。


自分で自分を縛るなんて痛いだけですよね?

だからもっと自分に優しくし、心を解き放ってあげていいと思うんです。


自分を受け入れ、柔らかく、柳のようにしなやかに。

そのためにも、私はこれからゆっくりと「マイルール」を手放していこうと思います。

こんにちは、坊主女です。人は迷います。私なんか年がら年中迷ってます(笑)。先日だってこのブログの方向性に迷い、更新さえ止まってしまうほどでした。考えれば考えるほどドツボにはまり、迷いの沼へズブズブと引きずり込まれる日々。そんな私が迷いを断ち切ることができ ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


人は迷います。私なんか年がら年中迷ってます(笑)。

先日だってこのブログの方向性に迷い、更新さえ止まってしまうほどでした。


考えれば考えるほどドツボにはまり、迷いの沼へズブズブと引きずり込まれる日々。

そんな私が迷いを断ち切ることができたのは「たった1つのこと」をやったからでした。


あらゆる情報をシャットアウトした

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あらゆる情報をシャットアウトしたこと。

このおかげで私はブログに対する迷いを断ち切ることができました。

氾濫する情報が迷いを生む

そもそも迷いはなぜ生じるのか?

それは決断するための情報が多すぎるからです。


ジュース1本買おうと思っても、コンビニに行けば威圧感さえ感じる数のジュースがズラリ。

どれが美味しいのかしら?と調べようものならインターネットやSNSには「あれが美味しい」「これがイチオシ!」などの書き込みが山のよう。

結局決められずに店を出た、なんて経験がある人もいるはずです。


ブログの方向性についても同じでした。

いわゆる「ブロガー」と呼ばれる人たちの意見は多種多様。

調べれば調べるほど「こうやったらいい」「ああすればうまくいく」などの意見に迷いは増幅されるばかり。

ブログを書く手が止まってしまったのも今となっては納得がいきます。

助けて!という心の悲鳴

あまりの情報の多さに翻弄され、半ばパニック状態になってしまった私。

あらゆる情報をシャットアウトしたのも「冷静な判断」というよりは「助けて!」という心の悲鳴からでした。


インターネット、SNS、書籍、他人のアドバイスなどなど、とにかくありとあらゆる情報をシャットアウト

そこまでしてやっと私は迷いを断ち切ることができたのです。


なぜ迷いが断ち切れたのか?

ではなぜ、情報をシャットアウトすることで迷いが断ち切れたのでしょうか?

①自分と向き合うことができた

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情報を得ている時というのは、必ず何かの媒体(メディア・本・人など)と向き合っています。

でも情報をシャットアウトすると、向き合う相手は自分だけになります。

自分はどうしたいのか?どういう方向に進みたいのか?

ひたすら自分に問いかけ心の声を聞き続けたことが、迷いを断ち切れた一番の理由だと思います。

②自信を取り戻せた

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自分と向き合う中で、私は徹底的に自分を肯定しました。

頭の中で「坊主女すごい!」「最高!」とかやってました(笑)。

でもこれ、ものすごく効果があるんです。

自分で自分を認めること
で私は自信を取り戻し、迷いを一蹴することができました。

③覚悟が決まった

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情報をシャットアウトすると決断は自分の心一つです。

「誰かがこう言っていたから」「◯◯にこうアドバイスされたから」という言い訳がききません。

逆にそのことが私にとってはプラスに働きました。

「自分でこう決めたのだから」という覚悟が決まり、迷いを断ち切ることができました。


情報は多ければいいわけじゃない

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情報に取り残される、情報を制する者は世界を制す、情報弱者・・・。

このように、情報というと「多く持っていることがすごくて、少ないのはダメ」というイメージはありませんか?


私は決してそうは思いません。

多すぎる情報を自分で咀嚼できず不安になるだけなら、ない方がましだと思います。


情報よりもっと大切なのは「自分はどう生きたいか」という自分軸

そしてそれは自分の心の中にしかありません。

情報に踊らされるのではなく自分の心に忠実に、私はこれからも生きていこうと思います。

紙袋が捨てられない。そんな悩みを抱えている人は多いはずです。私はミニマリストになってからもどうしても紙袋が捨てられませんでした。でもいつまでもそんなことは言っていられない、と紙袋に真っ向勝負を挑んだ結果は!? ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


使わないのに「いつか使うかも」と捨てられないもの、それが紙袋。

「可愛いから」「ブランドメーカーだから」と言い訳しながら捨てられないもの、それが紙袋。

この私も今まで幾度となく戦い、そして敗れてきました(要は捨てられなかった)。

しかーし!
紙袋を捨てられなければミニマリストは名乗れない!

今日こそ!坊主女に勝利を!!


敵はまだこんなにもいた

こんな風に意気込んだ私は、「ロッキーのテーマ」を脳内再生しながら(笑)紙袋たちを「えいっ!」と取り出しました。
紙袋 全部
まだこんなにもあったのか!!!

数えてみたら12枚もありました。


ひときわ目立つPRADAの紙袋、眩しいです(笑)。
紙袋 PRADA
でもこれは、手持ちのバッグを修理に出し戻ってきた際に入れてもらったもの。

もちろん紙袋自体は一度も使ったことはありません。


けっこう手放したつもりでいたのですが・・・ちょっとショックでした。


いざ、勝負!

とはいえいつまでも凹んでいても仕方ありません。

今日は勝つ!と決めたのです。

うー、ゔー、ゔゔー、と唸りながら手放すことを決めたのはこれだけ。
紙袋 捨てる
6枚。持っていた紙袋の半分です。

少ない、ですか・・・?

私としてはPRADAの紙袋を手放す決断ができただけで大満足なのですが(汗)。


反対に残す紙袋はこれだけ。
紙袋 残す
4枚です。

これらは実際に使うことも多いので残します。

重ねてみるとわかるのですが、少しずつサイズが違うので重宝するのです。
紙袋 残す重ねる

でもこれでは10枚。数が合いません。

1枚は元々主人専用として使っていたのでそのまま残します。
紙袋 夫

もう1枚はこれ。
紙袋 NIWAKA
これは結婚指輪を買った時にいれてもらった紙袋です。

さすがに私、これは捨てられないしそもそも使えない。

そのため紙袋としてではなく「思い出」として思い出箱で残すことにしました。


これですべての紙袋との戦いが終わりました。

結果です。
  • 捨てる紙袋:6枚
  • 残す紙袋(私用):4枚
  • 残す紙袋(夫用):1枚
  • 思い出紙袋:1枚
私としては勝利宣言をしたいのですが、いかがでしょうか?


戦い済んで日が暮れて

私は、ミニマリストになってからかなりの物を手放してきたはずです。

でもなぜか紙袋だけは思い切れなかったんです。

理由を色々考えてみたのですが、やっぱり「いつか使うかも」の気持ちが他の物より多かったのだと思います。

そのため、使いもしない紙袋をずっと溜め込んでしまっていました。


たとえ紙袋と言えども物は使って初めて価値が生まれ、輝くもの

これからも自分が持っているすべての物に命を吹き込むような使い方をしていきたいです。

物を手放す、執着を手放す、人間関係を手放す。いろんな手放すがありますが、やっぱり手放すと良いことがたくさんあります。もっと自由に、もっと幸せに生きるために。どんどん手放していきませんか? ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


私がミニマルライフを始めて1年以上経ちます。

手放すべき物事はほぼ手放し尽くしてしまい、ここしばらく「手放してスッキリ!」の感覚を味わっていませんでした。

そんな私が久しぶりに「手放した」お話です。


オンラインサロンを退会

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オンラインサロン、ご存知でしょうか。

Web上にある非公開の集まりのようなもので、月謝を払ってそのサロンに入会すると様々なことが学べます。

主宰者は政治経済界の人から実業家、ブロガーにアスリートと多岐にわたります。


さてそのオンラインサロンですが、実は私も2ヶ月ほど前に入会していました。

ブログに関するサロンです。

今までずっと1人でやってきて、ちょっと行き詰まりを感じていたんですね。

だから誰かに教えを乞おうと思いました。


そのサロンは主宰者はじめメンバーの皆さんも本当に温かく親切で、色々なことが学べました。

入って良かったと心から思います。


でも私は、そのサロンを2ヶ月弱で退会しました。

なぜか。


自分に「甘え」が出てきたからです。

みんな優しいし、サロン内でコミュニケーションが取れるし、悩みも聞いてもらえるし。

でもこれじゃだめだ。このままではぬるま湯にドップリ浸かってしまう

そう思って退会し、サロンという人間関係を手放しました


退会するまでしばらく悩みましたが、やめてみたらすごくスッキリ。

久しぶりに手放す清々しさを味わっています。


手放すことの良さ

手放すってやっぱりいい!と思った私。

改めて「手放すことの良さ」を考えてみました。

①断ち切れる

たとえ物であっても、そこには何かしらの思い(時には執着)が存在します。

ましてや人間関係であれば、しがらみや煩わしさがつきまといます。

それらのじゅくじゅくとした思いは手放すことで断ち切ることができ、心がスッキリします

心がスッキリすれば、次への一歩を踏み出すことができるようになります。

②新しいものを呼び込める

物を手放せば部屋に空間が生まれます。

考え方を手放せば心にゆとりが生まれ、人間関係なら予定が空きます。

このように手放すことで空間が生まれ、新しいものを呼び込むことができます。

新しいチャンス、新しい出会い、新しい物。

どれも自分を成長させてくるものばかりです。


もっと自由に、軽やかに

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今回の件は、私に「手放すことの良さ」を思い出させてくれる出来事となりました。

物・人間関係・考え方。
私はまだまだ気づかずに執着しているものがあるかもしれません。

もっと自由に、もっと軽やかに生きるために。


これからもどんどん手放していこうと思います。

言葉は現実になる。だから不平不満や愚痴と言ったネガティブな言葉を使わない人は多いと思います。でも実は「汚い言葉」の方がもっと恐ろしい現実を引き寄せるかもしれません。その理由を考えてみました。 ... 続きを読む
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こんにちは、坊主女です。


言葉は現実になるから不平不満や愚痴・文句を言ってはいけない。

このことを意識し、言わないようにしている人は多いのではないかと思います。

でも実は「汚い言葉」の方がもっと恐ろしい現実を引き寄せるのではないか、と最近思うようになりました。


「汚い言葉」が苦手です

お恥ずかしい話ですが、実は私自身がものすごく口の悪い人間でした。

若い頃働いていた職場の先輩が使う「口の悪い言葉」がカッコよく思えたんですよね(悪いことに憧れる反抗期みたいなものです)。

そのため意識的に汚い言葉を使うようになり、気づけば自分の言葉になってしまっていました。


こんな私だったのですが、今ではすっかり汚い言葉が苦手です。

「アホちゃうか」「バカじゃねーの」もキツイです。

「クソ高い」「クソ難しい」とか、なぜ形容詞に「クソ」がつくのかわかりません。

女性が「◯◯しろよ」などと言った日には・・・もう書いているのも辛い。


そして最近さらに「相手を煽るためにわざと使っている(であろう)汚い言葉」も苦手です。

おそらく使っている人は「相手の心に何かを残そう」と思っているのかもしれませんが、聞くに耐えません。


そんな相手とはそっと距離を置くようになりました。


なぜ汚い言葉を使ってはいけないのか?

ネガティブな言葉ならともかく、なぜ汚い言葉を使ってはいけないのか?

苦手だからこそ、その理由を考えてみました。

①必ず自分に返ってくる

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「因果応報」という言葉があります。

良い行いをすれば良い報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという意味ですが、私は言葉も同じだと思います。

汚い言葉は誰かを不快にし、誰かを傷つけます。

そしてそれは必ず自分に返ってきます

②周りに人がいなくなる

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まさに私がそうなのですが、汚い言葉を聞いたり読んだりするとものすごく不快になります。

もちろんすぐその場(それは本やインターネットも含みます)から離れるのですが、これは発している本人からすればとても不幸だと思います。

汚い言葉を使う人の周りに居たい人は誰もいません。

同じことを言うにしても別の言葉を使っていればこんなことにはならないのに、と思います。

③いつか本当に自分の言葉になってしまう

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最初はわざとだったり真似したりで使い始めた汚い言葉も、気がつけば自分の言葉になり口癖にまでなってしまいます。

言葉はいつしかその人の思考を支配し、性格になります。

誤解を恐れずに言えば「汚い人間になる」ということと同じだと思います。


まとめ

今回は自分自身、記事を書きながら頭の中が汚い言葉でいっぱいになってしまったので、大変辛く苦しい思いをしました。

逆に言うと言葉にはそれぐらい恐ろしい力があるということ。


どれだけ身の回りの環境を整え、物を減らしても
使う言葉が変わらなければ人生は変わらない。

このことを肝に命じ、常に発する言葉に責任を持つ自分でありたいと思います。

こんにちは、坊主女です。私は、このブログで書き綴っているように「やりたいことをやる人生」を常に意識しています。それならさぞかし壮大な夢があるのだろう、と思われるかもしれませんが・・・。実は、私には夢がありません。夢を追いかける人への違和感私は小さい頃から ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


私は、このブログで書き綴っているように「やりたいことをやる人生」を常に意識しています。

それならさぞかし壮大な夢があるのだろう、と思われるかもしれませんが・・・。

実は、私には夢がありません。


夢を追いかける人への違和感

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私は小さい頃から夢がありませんでした。

小学生の時「大人になったら何になりたいか?」と聞かれて困ったことを覚えています。


夢がなかったのは夢を持つ環境ではなかったのか、自分の意志だったのか、今となってはどちらでも良いことです。

ただ、夢のない私は夢を追いかける人に対して言葉にできない違和感をずっと抱えてきました。


夢を追いかけている人はみんなキラキラと輝いていて、それが眩しく。

夢を持たない自分はダメな人間なのだと負い目を感じ。

でも、夢に向かう姿勢に感じる「飢え」や「渇望」がどうしても受け入れられない


ずっと、そんな風に生きてきました。


違和感の正体

夢を追いかける人に対する違和感の正体がわかったのは最近のことです。


夢を追いかけている人は、心のどこかに「足りない」気持ちを抱えているのだと思います。

もっと欲しい、もっと上へ、もっと、もっと。

そんな気持ちで日々過ごしているのではないかと。


それが悪いこととは言いませんし、そうしなければ夢を叶えられないのだと思います。

でも、私はその「不足感」にたまらない息苦しさを覚えます


本当は私たちは最初からすべて手にしていて、こんなにも満たされているのに。

今日が無事終わり、明日が来る。そんな何気ない毎日こそが一番幸せなのに。

何をそんなにがっつくのだろう、何をそこまで望むのだろう。


諦めにも似た考えかもしれません。

悟った風な口を聞いていると思われるかもしれません。

でも私は今が幸せならそれでいい。

今日と言う日に生きていられることに感謝しながら、やりたいことができればそれでいい。


だから夢を追いかける人に違和感を感じるのだとわかりました。


「やりたいことをやる=夢を追いかける」じゃない

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私はこのブログでずっと「やりたいことをやる人生へ」と言い続けてきました。

ですが、私にとってのやりたいことは「夢を叶えること」ではありません。


今日という日を満ち足りたものにするためのこと。

今生きている幸せを噛みしめるためのこと。


それが私にとっての「やりたいこと」です。

そのために本を読んだり散歩をしたり、家族と会話したりするのです。

それだけなのです。


私は夢なんかなくていい。

それよりも今ここに生きていることに幸せを感じる、そんな生き方をしていきたいです。



☆今ここにある幸せを感じたいならこちらの本もオススメです☆

他人の意見を断捨離⁉︎なんて傲慢な!!と思うかもしれませんが違うのです。自分らしさを取り戻すために一番大切な方法なのです。それはなぜか?自分らしさを取り戻したい人は是非読んでください。 ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


他人の意見を断捨離なんてどれだけ傲慢なんだ!

他人の意見に耳を貸さない人間は成長なんてしない!


なんてあちこちから批判的な声が飛んできそうですが、決してそういう意味ではないのです。


他人の意見に煽られる不安

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私は定期的に自信をなくします(笑)。

自信をなくすと「私はこれでいいのだろうか」「このまま進んでいいのだろうか」とどんどん自分らしさを失い、不安が頭をもたげてきます。


先日もそんなことがあり、不安という恐怖にかられた私は、影響力が強い人のブログを読みに行ったり本を読み漁ったりしたのですが・・・。

不安は消えるどころか煽られる一方でした。



誰もが正しいことを言っていると思うのです。

でもその正しさがまず私には重荷でした。

正しすぎて自分が責められているような感覚になってしまった
のです。


さらに誰もが強い意見を持っていました。

その強い意見は更に私に追い討ちをかけました。

「このままの私じゃダメだ、こんな私じゃダメだ」としか思えなかったのです。


このように、不安を取り除きたくて、自分らしさを取り戻したくて他人の意見を求めたのに、私の不安は更に掻き立てられ自分らしさまで否定する結果となってしまったのです。


他人の意見を断捨離したら戻ってきた自分らしさ

この頃の私は自分を全否定しすぎて疲れ果てていました。

あまりに疲れ果てたので、何もかもシャットアウトしたくなっていました。

そこでインターネットも本も閉じ、スマートフォンの電源すら落として目をつぶりました。


すると、私の心からこんな声が聞こえてきたのです。

当たり前のことなんです。

本当に当たり前のことなのですが、他人の意見に翻弄されていた時には忘れていたのです。


私は他人の意見をどれも「すごい」と思っていました。

それを発した人を「すごい人」と思い、自分と比べて落ち込んでいました。

でも所詮私は他人にはなれないし、私は私

あの人はもちろんすごい、でも私だってすごい。

だから、私は私のままでいいんだ。


こう思えた時、私の心はすーっと楽になり、自分らしさを取り戻すことができたのです。


自分の人生の責任は自分しか取れない

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他人のことなど気にならない。ブレない自分軸がある。

そんな人は他人の意見を断捨離する必要はないかもしれません。

でも多くの人は、そうありたいと思っても他人の意見に翻弄され、時に自分らしさを見失うことがあるのではないでしょうか。


他人の意見を断捨離するとは「自分にとって耳の痛い意見を無視する」ということではありません。

他人の意見に翻弄されて自分らしさを失うぐらいなら、聞かない方がいいということ。



他人は(たとえ親でさえ)人生の責任を取ってくれるわけではありません。

自分の人生の責任は自分しか取れないのです。

私は自分の人生に責任を持ちたい。

だから他人の意見を断捨離し、自分らしく生きていこうと思います。

こんにちは、坊主女です。他人の目が気にならない自分になりたい。他人の顔色を窺わない自分になりたい。でもそのためには自分が強くならなくちゃ。そんな風に思って自分を苦しめていませんか?苦しんでいたのは私ですあー、言っちゃった(笑)。確かに私は、坊主頭にしたこ ... 続きを読む
こんにちは、坊主女です。


他人の目が気にならない自分になりたい。他人の顔色を窺わない自分になりたい。

でもそのためには自分が強くならなくちゃ。

そんな風に思って自分を苦しめていませんか?


苦しんでいたのは私です

あー、言っちゃった(笑)。


確かに私は、坊主頭にしたことやミニマルライフを続けることで自分に自信が生まれました。

かつての自分からは想像もできないぐらい他人の目が気にならなくなりました。

でも最近なぜか苦しかったんです。


もっともっと尖らなくちゃ。

もっともっと突き抜けなくちゃ。

そのためには強くならなくちゃ


こんな風に自分で自分を煽って、自分じゃない自分になろうとしていたのです。

でも、こんなことをしたって何にもならないと気づきました。


ありのままの自分を認め、受け入れるだけで良かった

他人の目を気にしない自分になるために、強くなる必要なんて何もありませんでした。

ただ、ありのままの自分を認め、受け入れるだけで良かったんです


いいところも悪いところも全部自分。これでいいんだ。

そうやって自分を全肯定してあげれば、自分が安心します。

そうすれば「自分」という価値の判断基準を他人に委ねなくなります

それだけで、他人の目は気にならなくなります。


もっと強くならなくちゃ、もっと突き抜けなくちゃ。

そんな風に思ったところで他人の目を気にする自分はいなくなりませんでした。

むしろもっと気になり、どんどん自分らしさを失ってしまっていました。


このままでいいんだよ。

そう自分を抱きしめてあげるだけでいいということを、やっと思い出しました。
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全力で自分を愛そう

私たちは「人に優しく」「他人を大切に」ということは教わっても「自分を大切に」とは教わってこなかったのではないでしょうか。

そのため「自分を大事にする人」「自分を一番に考える人」は「自己中」と思われたり「ナルシスト」だと思われたりする風潮が出来上がったように思います。


本当は「自分の幸せを第一に考える」ことは決して悪くない、と私は思います。

なぜなら自分を幸せで満たすことでその幸せは周囲に溢れ出し、周りをも幸せにできるから。

ましてや自分1人さえ幸せにできない人間が他人を幸せになんてできないと思うから。


だから強くなる必要なんかないんです。

ただ全力で自分を見つめ、自分を愛するだけでいいんです。

私はそんな「自分を中心に据えた」生き方をこれからもしていきたいと思います。